2012/2/3

n次情報考

ソーシャルメディア、Twitterやら、Facebookやら、Google+のコミュニケーションにおける特徴的なことって1対nであるってことだと思うんですが、このnって結構クセモノですよね。

もちろん、ソーシャルメディアの拡散性や伝播力は素晴らしいとは思いますけど、最近、Facebookでデマに近しいものがRetweetやShareされて、それは皆良かれと思ってやってるんだけど、なんか愉快犯に踊らされたみたいになっちゃうのは、言ってみれば今に始まったことではない。

なんかソーシャルメディアは知ってる誰かが発信する一次情報にフォーカスするってことで良いのかも知れないなと。

RetweetとかShareとか繰り返されていくと、n次情報という意味で言うと、100次情報とかに平気でなっちゃいますよね。100次情報とか最早、都市伝説の類ですよね。本当はそれでも成立するものは成立するはずなんだけど、都市伝説のレベルのものが知り合いがRetweetしたからShareしたからということで、結構ソーシャルメディアに蔓延していると。

別に材料はなんであれ、そこで人がきちんと考えて感想を述べれば、それはフィクションベースであっても成立するのだと思いますが、何だか変な無力感があるのも否めず。

個人の一次情報というと、Facebookが日本で流行る以前の僕の周りでもそうであったように、ライフイベント(結婚・出産・転職など)が真っ先に思いつきますが、ソーシャルメディアのもう一つの大事なポイントって個人が情報発信できるようになったってことですし、ET Luv.Lab.で「人がメディアになる時代」と言っている通り、本来人は百人百様で、それぞれが発信したい、表現したい、というものにフォーカスするとそれはそれでとても面白い。

そう言えば、学生の時に仕事をしていて、ボスのボスみたいな方に、とにかく一次情報を大事にしろ、みたいなことを言われたことを思い出しました。メディアの二次情報(当時はいわゆるマスメディアでしたね)より、誰かから聞いた一次情報が一番財産になるみたいな話。割と一般論ですけど。勿論、その筋の人のここだけの話、みたいなものが結構胡散臭いこともあるわけなんですが、情報は収穫したその瞬間からどんどん鮮度も精度も落ちて行くんですよね、野菜みたいなもので。

はてさて、ですから、会わなくても一次情報を取得できるようになった今の世の中、スゴイんですよ。1対nの時代。勿論、オブラートに包んでいたり、本音と建前は違ったりするやも知れませんが、それでも人の移ろいトラックできる仕組みなんてこれまでなかった。であるからこそ、ソーシャルメディアでフォーカスするべきは会いたくてもなかなか会えない知り合いの一次情報をトラックすること、なんではないかなとあ思いました。NO 都市伝説。

ソーシャルメディアのコミュニケーションの「n」を考えるに「対n」という軸と「n次」という軸があると思うんですよね。で僕はそんなにメインストリームの情報を漏れ無くおさえたいとか、皆と同じ情報を知りたいとか思っているわけでもないので、「nを極小化しておく努力」が必要かなと感じました。ネットワークが広がれば広がるほど、そういう働きかけが逆に大事になってくる気がします。

多分、割とフワフワした情報のソースを確かめる手間、とか日々自分が摂取するべき必要な情報量照らし合わせて考えると、ディールしないので、その辺はFacebookに流れてくる診断系コンテンツと同じく、脳内で見なかったことに変換する、でいいのかなと思います。それで見逃しちゃう本当に良いストーリーもあるのかも知れませんが、その辺は選択と集中ってことで良いのではないかと思います。

実際、良い話だなあ、面白い話だなあ、っていうのも知り合いに紐づいてないと、ほとんど記憶に残らないですし。もしかしたら、キュレーションって言葉が流行っちゃった弊害みたいな部分もあるのかも知れないですね。いや、まあ、言っている本人がやってんだけど。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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