2006/12/6

ユーザ進化論

一時期、ユーザビリティという言葉がIT、デザイン業界を中心に流行りました。この分野に関してはJakob Nielsen氏がとにかく有名で、Nielsen氏のコラムAlert Boxは学生の頃よく読んでいました。WEBサイトを中心に言わば「使い勝手」の論考が綴られており、1995年から2006年現在に至るまで続けられています。僕もユーザビリティの重要性は理解しています。

今年は梅田望夫氏の『ウェブ進化論』の年でした。ネットの「こちら側とあちら側」など、Tim O’Reillyの提唱した「Web 2.0」という新しい概念と、それがもたらす社会的変化を予測しつつ考察した本で、ある種の衝撃を世に与えました。かく言う僕もそれまで読み聞き知っていた事例や考え方が多かったですが、梅田氏の論法で体系化され語られた「知」は読み応えがありました。

高校時代、僕は日本にいませんでした。ニューヨークの郊外でバスケットボールと戯れる緩やかな学生生活を送っていました。そんな僕が日本に一時帰国した時に衝撃を受けたものがあります。「ポケベル」。あの何だかわけのわからない数字の羅列を公衆電話に叩き打つ中学の同級生を見て、そして「今彼女がさあ」なんてまさしくブラックボックスな怪しい黒い箱を見ながら語る同級生を見て、何だか知らないけれど日本ではヤバイことが起きている、と思ったものです。

当時のアメリカは確かにインターネットで先端を行っていたと思います。AOLのコンテンツなぞなかなかに凄いものでした。しかし、それはあくまでパソコンデスクの前でキーボードを叩きながら行うコミュニケーションで、あの「ポケベル」がもたらした衝撃とはまた異質のものだったと思います。娯楽用途のモバイル通信という意味では、海外で一般的になったのは初期のBlackBerryが登場してからではないですかね。

帰国したらPHSの時代が終わっていよいよ携帯世紀の始まりというタイミングだったのですが、あの当時テレビのニュースで取材を受けたNTTドコモの開発陣が、携帯メールについて取材陣が語っていた内容を今もよく覚えています。「携帯でメールを打つのは面倒です、面倒ですがユーザはメールしたいので必ず覚えてくれます」。確信犯ですね。ポケベルの隆盛で確証もあったのでしょう。通信というコミュニケーションの楽しみを覚えてしまった現代人に。

ここにあるのは「覚えるのには不便だけど、使いこなすと便利」ということです。ポケベルから携帯を経てWEB 2.0に繋がる一連の流れに、僕は「ユーザ進化論」を感じるのです。

狩猟を例に取ると、最初は投石で、それが斧になり、槍になり、弓になる。道具が変われば、猟の手法も獲物の対象も代わります。道具が生まれ、人が成長し、社会が変わる。通信もそうでしょう。

最近、見た番組でチンギス・ハンがその世界市場まれに見る広大な地域を統治できていたのは、その領土に駅伝制度や狼煙を使った一大通信網を築いたからだということを知りました。それが今、電話線になり、ケーブル網になり、光ファイバになっている。だから時代を牽引するのは技術だと言ってしまえばそれまでですが、しかし後世の歴史書で主として語られるのは、駅伝制度や狼煙より「チンギス・ハンは広大な領土を統治していた」という事実です。

僕は梅田氏の『ウェブ進化論』は読んだ時これは時代を切り取った名著だと感心しましたが、同時にこれは技術屋さんが書いた本だとも感じました。しかし、この対案がなかなか出て来なかった。しかし、自分の経験を振り返ってみれば、ユーザのリテラシーの劇的な向上こそが、何よりこの数年のビッグインパクトで、それがゆえに「ユーザ進化論」こそもっと語られて然るべきなのではないかと思いました。

だから、「こんなサービスがあったら面白い、スゴイ」ということよりも、「こんなヤツがいたら面白い、スゴイ」ということの方が、今後のネットサービスを考える上でも重要なのかも知れません。PCとかケータイとかiPodとか、ツールドリブンではなく、「こんなことしてるヤツがいたらソイツはぶっ飛んでるぜ」というノリ。そんなユーザ像を想定して取り組むモノ作りというのは結構エキサイティングなのではないでしょうかね。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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