2011/10/27

情報にお金を払って安心を買うのはやめにした方が良いと思う件

「情報にお金を払って安心を買うのはやめにした方が良い」というか「情報にお金を払っても安心は買えない」んですけれども、多分。今年は日本でも世界でも移り変わりがめまぐるしく、多くの人が多かれ少なかれメディアというものについて再考している1年になっているのではないかと思います。それは例えば震災であればマスメディアとソーシャルメディアという対比かも知れないし、オリンパスの件なら雑誌と新聞だったかも知れないし、Occupy Wall Streetなら国内メディアと海外メディアという対比なのかも知れない。

ただ、特に最近、情報にお金を払うには神経質になった方がいいなあという気がしていて、それはNHKとか日経新聞とかだけ批判しているわけでもないし、CNNとかThe New York Timesとかだけ礼賛しているわけでもないし、ただ、それらに対して十把一絡に言えることがあるとすれば、メディアのブランドに寄り添って情報にお金を払っても、そこで買える安心は、何ら信用できるもんじゃない、ってことです。

だから一旦、全部、無料の情報だけで日々の業務や生活を成立させてみる、というのも手段ですよね。情報に対してフラットにしてみる。それで本当に不足があって、有料のソースが必要なら、その時、考えれば良い。無料記事と有料記事を切り分けているメディアもありますから、サブスクリプション制のサービス申し込んでるのも良いでしょうし。ただ、社会人になるくらいまでの文脈で身につけてきたメディアとの接し方、って一回切り捨ててしまってもいいかも、と思ってるんです。

もしかしたら、「昨日の日経新聞の社説で〜」みたいな営業トークできなくなるかも知れないし、「ビジネス誌の表紙が全部〜でしたけど」とか言えなくなるかも知れないけど、それって本質的に自分の仕事を脅かすほどの大きな問題か?という気がします。同様に最低限、押さえておくべき情報みたいなものはネットに関しても不要な気がしていて、はてなブックマークの人気エントリとか、Google急上昇ワードとかも、切り捨てていい気がしています。

むしろ、必要なのは自分自身がいくつかのイシューを設定していて、それに関するトピックを能動的に収集しながら派生要件にフォーカスを広げっていて、そこに引っかかってくるものが週刊誌の棚に並んでいれば買えば良いと思うし、テレビで特集してたら見れば良いし、自分の抱える知識グラフに基づいて、情報というものとの付き合い方を考えていけばいい。

地震起きたらテレビつけるのは当然だし、もしかしたらラジオが役に立つのかも知れないし、ソーシャルには情報が溢れるだろうし、新聞は状況を整理してくれるでしょう。だけれども、日々情報を与えられるままに咀嚼しているだけでは、言い方を選ばなければブロイラーですから、いかに有効にメディアを使うか、もしくは、いかに有効にメディアを活用できるツールを使うか、ということが大事なんだと思います。

「〜を知っている」ってのは人間にとって少なからず安心材料だと思うんです。ただ、主要メディアから流れてくる情報だけでは、「〜を知っている」ことにはならないよな、ということを最近強く思うことがあって、もっと情報に鋭敏になるためにどうしたらいいかと考えた時に、とりあえず、情報にお金を払うことを最小化するってのが、逆説的ではありますけど、一つの解なのかなあと思ったりしています。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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