2011/6/21

「いいね!」と小林秀雄

今日から、Experience TransportersのFacebookページで、懐かしのkosukekato.comのコラムをちょっとずつピックアップしてお届けすることにしました。これまでに自費製本やら電子書籍やら試して来ましたが、僕自身「思考のコンテンツ化の意義」で書きましたが、古いものを読み返すのとか貴重だと思っていて、まあ個人アカウントでゴリゴリやるのはあれですが、Facebookページでなら良いかなあと思って、リヴァイヴァルプロジェクト的にやってみることにしました。

今日ピックアップしたのは「国民総批評家社会」という記事で、主に小林秀雄氏の「批評とは、人を褒める特殊な技術である」という言葉を中核に、n対nで日々批評が行われている、そんなインターネットの窮屈な部分を感じつつ、

個人が様々な情報を発信できるようになるのであれば、他者への批評ということは、小林秀雄が生きた時代よりむしろ思い遣りが溢れるべきで、それが良い評価であろうと悪い評価であろうと他者への丁寧な理解に努めることこそが、あちこちに「批評」が蔓延するこれからの社会においては重要なのではないかと思っています。

ということで、結論づけました。ざっくり言うと、雑に批評しないで手間暇かけて、それでもっと明るい世界観で議論をしましょうよ、というような感じです。ここで僕は問題解決の試作として「手間暇」をピックアップしたのですが、「脊髄反射のような即時性」と、「1クリックの簡便性」で、「圧倒的な肯定」を実現したのがFacebookの「いいね!」ですね。

当時、僕はそういうプラットフォームがそこまで流行ることも、そういう行為がそこまで普及することも予見できていなかった。ただ、僕が莫として抱えていた問題意識を、Facebookの登場は技術とネットワークで解決するモデルを提示してくれています。

逆に言うと、僕がFacebookをここまで好きになれたのは、なんとなく抱えていた問題意識を解消し得る近未来、が見えた気がしたからかも知れません(今じゃ大いに現実ですが)。ビジネス云々は勿論ですが、でもやっぱりユーザとして愛着が持てて、コミットできて、その上で仕事の領域にしてみたい、という判断があるんだと思うんです。

そうすると、ある意味、Facbookは2007年当時描いていた僕の小林秀雄的世界観を「いいね!」で現実のものに近づけたという文脈でも、僕としてはアッパレと言えるのかも知れません。実はこの記事は続編の「国民総批評家社会 その2」へと続いていくんですが、こちらも多分「いいね!」される意味、「いいね!」されるコンテクストとは?みたいに読むと、当時と違った体で読めるのではないかと思います。

何かこう昔持っていた問題意識が解決されていく、勿論、「5年後にはこういうものが流行る!」みたいなことも良いのですが、僕そこまで未来を予見しているわけじゃないですから、こんな感じで5年前の違和感が5年後新しいやり方で紐解けると、それはそれで楽しくて、記事を書いていた意味もあったし、多分今僕が客先や相対で話している内容も、こうした文脈を受けてのことが強いような気もします。

というわけで、「いいね!」と小林秀雄は繋がるのか、どうなのか?日々の暮らしに役に立つかどうかはわからないですが、こう言うゴニョゴニョはある種の贅沢だと思うので、続けていきたいですね。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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