2011/4/11

Social Activism – 影響力と実行力のジレンマ

そろそろ書いてもいいかという頃合かと思うので、書きたいと思います。

昨日の都知事選とか結構象徴的であったと思うのですが、世代別の投票数と割合などをグラフで見ると、20代30代が投票に行かなかったために石原さんが再選されたとも、すごく上辺だけを見ると考えられると思います。僕はそもそも神奈川県民なので都知事選というのはある意味蚊帳の外で投票する権利もないわけですが、Twitterを見ていると、納得行かない人が多かったようです。

さて、Twitterが出てきて、Facebookが出てきて、コミュニケーションはその伝播力を一気に加速し、拡張したように思います。でもそれって、言わば情報のロジスティックス、情報の兵站という部分だと思うのですよね。仮に「戦略・戦術・兵站」という3フェイズで考えた時に、情報においてバックヤードが急速に整備された印象です。

最近のFacebookが及ぼした影響で、尤も顕著だったのはエジプトの話ではないかと思います。ネットを発端にああいう革命的運動が起こり得る世の中になったのはスゴイ。でも一方でそれが日本で起こり得るかと思うと、僕はああいうことは、信仰のない国には起こり得ないと思います。信仰ってある意味、思想に命をかけちゃうってことだと思うんですよ。いやそれ相応の覚悟を以て、思想を論ずる人はいると思うんですけど、でもそこに命に関わる状況で命をかけられる人はそんなにいないと思います。

いや、思想に命をかけろよ、という話をしようとしているのではないです。

今回の都知事選で浮き彫りになったのは、社会的に僕らの世代はまだまだペーペーだということです。ネットが、Twitterが、Facebookが、いかに影響力を持とうとも、それが実社会に対してクリティカルな影響力を及ぼすわけではない。

でも、民主主義の国家なんだし、国民はもっと声を大にして言うべきことを言わなくてはいけない!というのもわかります。ただ僕が感じるのは、新しい時代の持つ影響力のマジックで踊ってみても、個人の実行力の獲得を怠るわけにはいかないということです。

単純に考えると社会というのは個人の実行力の総和でできています。わかんないですけど、数千人の雇用の責任を抱えている人も、不可欠な物資の供給を掌握している人も、数万人を動かすための資本を蓄えている人も、まあいるかも知れませんが、あんまりいないでしょう、多分。

だから、訴えを続けていくこと、も個人の実行力の一つ、かも知れないですけど、絶対にそれだけでは社会は成り立たないはずなので、今必死にやらないといけないとしたら、それは自分が抱いている思想を実現するための、個人としての実行力の獲得、だと僕は感じました。個人の実行力ってのは、純粋培養個人技、という意味ではなくて、組織的なことであっても勿論いい。

ETはプレゼンスを高めるだけでなく、社会へのコミットメントを高めます。それは、クライアントワークかも知れないし、独自プロジェクトかも知れないし、遊び的な何かかも知れない。でも高めます。そのための日々研鑽。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

是非、フォローしてください!
Twitter / Instagram

(2012-10-5)
売り上げランキング: 14,705
100円