2011/3/13

3/13を迎えて思うこと

地震の時に僕は横浜から戻り、実家で仕事していました。大きな揺れを感じ、部屋で倒れてはいけないものを押さえたりしてましたが、これは本当にまずいと思い、階段を駆け下りて、祖母に外出るぞ外と声かけました。外に出ると近所の主婦の方々も皆外に出てきました。ラジオをつけていた方がおり、すぐに東北でとても大きな地震があったということがわかりました。そこから電話は不通、電気、ガスは止まってしまいましたが、何とかiPhoneで情報収集に努めました。

1時間後母からメールが来て、横浜からバスで家に向かっていることがわかりました。父からは家族の安否確認のメールが来ていました。母は結局、信号が停電により機能しなくなったこともあり、大渋滞を回避するために、権太坂から徒歩で家まで帰ってきました。父が帰って来たのは2:00過ぎで、会社にいる間はお互いのPCメールで連絡を取り合いました。

停電は23時頃まで続き、幸いなことに夜になるまで時間がありましたから準備は出来ましたが、近所の商店は営業しておらず、唯一コンビニエンスストアは暗がりの中、自家発電機にハンディバーコードリーダーと電卓と金庫で何とか営業してくれていましたが、懐中電灯に必要な単一乾電池やパン、弁当といった食べ物は売り切れていました。周囲が暗くなってきた閉店間際、とりあえず、飲み物とライターを買って、家に戻りました。

晩飯はローソクを灯りにして、おにぎりやレトルトの粥、茶碗蒸し、納豆などを冷たいままで食べました。家の中ですし、全然不自由しませんでしたが、非常事態だなと大分自覚しました。どれくらいのエリアで停電なのかわからなかったのですが、駅の方向を見ると、駅の向こう側は灯りがついているようでしたので、食後に母と車で向かいました。国道一号線は家に徒歩で帰る人がたくさんおり、今まで見たことのない光景で、車は全然動いてませんでした。幸いなことに駅の向こう側のスーパーで不足しているものを買い足すことが出来ました(それでも単一乾電池や懐中電灯、カセットコンロなどは売り切れていました)。戻ると団地は驚くほど暗く、そして静かでした。

情報収集はメール、Twitter、Facebookが中心で、radikoとUstreamでマスメディアもチェックできたのは助かりました。八王子の実家とも連絡が取れました。23時になると停電が復旧したので、PCで状況を把握することができました。ネットワーク接続は特に問題ありませんでした。ある程度、情報収集したら体力勝負にもなりそうでしたから、とりあえず睡眠を取りました。

2日目はとりあえず何かできないか考えました。5時頃起きて、日曜日に予定されていた試合を、早い段階でキャンセルを決め、チームにアナウンスすることが最初にできることだと思いました。実家が東北のチームメイトも多かったですし、家族と一緒にいたい方も多いと思ったので。すぐに後輩がレスポンスをくれ、チームにメーリングリストでアナウンスすることができました。15日に予定された勉強会も、とりあえず、キャンセルということにし、見通しが効くようになってからリスケしましょうということにしてもらえました。

僕はエンジニアとしては全くの駆け出しみたいな人間なので、とりあえずEx-Expで年始に作ったものを利用して何か作れないかと思い、駅情報検索できるサイトを作りました。また、少ないトラフィックではありますが、ブログのトラフィックをなるべく有用な情報に触れるようにしようと思い、Googleの安否確認やTwitterの有用なアカウント、Googleマップの避難場所情報や、Ustreamのテレビ放送をEmbedして、トップページから余分なものを削りました。幸いにして海外にいる友人には役に立ったと連絡をもらいました。

駅情報検索

その後、ヤマダ電機に向かい、水と懐中電灯と単一乾電池とエネループを購入しました。懐中電灯は在庫がたくさんあったわけでもなかったので、ペンライトのような形状の小さなものを家族の人数分購入しました。家に大きいものはあったので、単三電池で動き、寝る時はポケットに入れられるものです。

昼寝をし、作ったサイトをチューニングしながら、情報収集をして夜を迎えました。福島出身のチームメイトから、池袋で出張中の友人といるが、家族の無事は確認できたという連絡を受けました。福島自体は予断を許さない状況ですが、かなり安心ししました。原発のその後のニュースもあり、心配しましたが、温かい夕食を取り、ピーク時はソーシャルメディアでアナウンスされていた節電に努めながら、夜を迎えました。普段起動しないSkypeをこういう時だからと思い起動すると、都内に住むクリエイターの友達が声をかけてくれ、しばらくチャットしました。彼も普通に暮らして仕事をしつつ何かできないか考えているそうです。

これでようやく2日間が終わりました。僕が2日間を通じて思ったことを挙げておきます。

  1. 住んでいる働いている地域のローカル情報を収集できるようにしておいたほうが良い、移動する時は目的地の様子も事前に把握しておいたほうが良い(近所の人とのコミュニケーションとかTwitter検索とか)
  2. 最低限の灯りになるものはポケットに忍ばせておく
  3. 自分が主幹の予定はできるだけ早い段階でどうするかアナウンスしたほうが良い(見通しの効くように)
  4. 温めて食べるレトルト食品も、温めなくても何とか食べれるものを選んでおいたほうが良い

ETの業務については、勿論仕事は平常通りするのですが、基本的には進行中の仕事以外は連絡が来たもののみ対応する方針でいこうと思います。動いている仕事で僕が黙々と作業するべきものはどんどんやりますが、僕のクライアントの業務を考えるに、色々な業務が発生する週明けだと思いますから、WEBのことで必要がないのに頭を悩ませて欲しくないので、とりあえずご連絡は極力控えて、ご依頼があったらモリモリ動こうと思っています。まあでも、そういうことも含めて、「普通」にやろうということです。

僕はこういう時に何かをアドバイスできる立場にありませんが、一つ思うのはこういう時こそ「気配り」が大事だと感じます。生活であれ仕事であれ、過度に緊張する必要はないですが、「気を配れば問題にしなくて済む問題」というのが結構あるように思います。やれることはまだ限られてるとは思いますが、やれる範囲で生きていきましょう。

追記:

写真は2008年夏に訪問した青森の写真。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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