2011/1/24

バーチャル再考 – 『ゴルゴ13』に見る、備蓄と、集約と、共有のネクストフェイズ

ともすれば、バーチャルという言葉は死語になりつつあるような気がします。もしかして、もうなっちゃってますか?でも僕が中高生の時代には、結講未来を感じるキーワードだったんですよね、バーチャル。バーチャル・リアリティって言葉が出てきて、よくわからなったけれども、ゲームセンターで「バーチャファイター」や「バーチャロン」に燃え上がった世代ですしね。家庭用のゲーム機で3Dが体感できるとか当時は革命的でして、だって次元が一つ増えるわけでしょう。それって、今の3Dテレビが持つようなインパクトとは比べ物にならないくらい凄かったんじゃないかと思うんですよね。

さて、バーチャルが死語になる、なった、一番の原因は、リアルとネットの垣根がなくなった、バーチャルなコミュニケーションなぞ有り得ない、バーチャルなどという曖昧な言葉で片付けようとするのは勉強不足だ!みたいなことだと思います。多分それは正解だと思います。リアルとネットの垣根はなくなったし、バーチャルなコミュニケーションってなんぞ?という感じですし、所謂「仮想」という意味で使われていたバーチャルをコミュニケーションに宛てがうのは理解の中途の「とりあえず」の定義だったように思います。

でも、僕、気が付いてしまったんです。『ゴルゴ13』を読んでいて。

割愛しますが、ゴルゴ13で次期ローマ法王候補の暗殺の企てをデューク東郷が阻止する話の会で、バチカンはバーチャル国家である、という下りが出てくるんですね。国土も人口も雀の涙ほどだけれど、バチカン銀行があり、人類の遺産とも言うべき宗教美術の数々を抱え、世界中からのお布施や寄付と、世界の隅々まで張り巡らされた情報ネットワークを持っている、バーチャル大国がバチカンであると(あくまでも『ゴルゴ13』での話です)。

そのワーッというバーチャル大国という言葉が持つ広がりと、Facebookは時価総額500億ドルみたいな話がリンクしちゃったんですね。TwitterやFacebookがバーチャルなコミュニケーションでは最早ないことは自明の理で、データを介してメッセージを伝え合う以上、プラットフォームは必要なわけだけれども、そこで行われていることは確かに実在する誰かと誰かの会話なわけです。

一方で、そこに蓄えられていたり、集約されつつあったり、ゆるやかに共有されてるものってのは、バーチャルなリソースとして認識していいんじゃないか、ということが僕が今回言いたいことです。バチカンのバーチャル国家圏の中に沢山の人々がそれぞれ資産やノウハウや目的意識や使命感や問題意識を抱えて、信仰という名の緩やかな、しかし、人間存在の根幹にかかわる形での所属をしている。個人が持っている財産が、それは当然個人の所有物なわけですが、同時にバチカンという信仰のプラットフォームにおける共有の財産でもある。

個人の所有でありながら、あたかも幽体離脱のごとく、萌え出たものがプラットフォームで共有されているわけですね。これって、実はTwitterやFacebookで日常茶飯事的に行われていることではないですか。

そう考えると、Facebookは時価総額500億ドル、みたいなこともそうですが、Facebookは次のバチカン、みたいに考えられて、それはそれでちょっとすごいなと。具体的にその力が何か一点に注がれることはないかも知れないですが、人の塊ごとにガイドラインや意思決定機構もあるわけで、世界における偏在性、地域性、特有性、鑑みても、ソーシャルネットワークって、「組織としての宗教」に急速に近づいていってるんじゃないでしょうか。

TwitterやFacebookが市民運動や独立活動でイニシアチブを発揮する事例も出てきているように、コミュニケーションが行動への実効性を持つことが色々なところで出てきています。そんな中で、バーチャルに蓄えられていたり、集約されつつあったり、ゆるやかに共有されてるもの、っていうのは経済学的な意味での「FREE」や「SHARE」よりも、実は今後の世界の有り様について、大きな影響力を発揮しそうな気がしています。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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