2006/11/15

センスウェア

学生時代に教わった考え方の一つに、「ハードウェア、ソフトウェア、センスウェア」というのがあります。人間には3つの機能があり、これまではハードウェアとソフトウェアが重要視されてきたけれども、今後はセンスウェアという考え方も必要になってくるという話です。

よく「センス」というものは「センスがある」「センスがない」という括りで語られます。しかしながら、本来的にセンス=感性は誰にでも備わってる人間の基本的な機能であって、「センスが準備されているのかどうか」ということが問題です。日々磨けるものであるからこそ、「状況」に対してセンスウェアが臨戦態勢にあるかどうかというのが重要になってきます。

後輩が先日「センスを磨くことを今は大事にしている」という話をしてくれました。何とも気障な台詞ですが、その後輩はセンスを磨くためにブログを書いて日々の気付きをしたためていると言います。これはとてもいいことだと思います。気付きというセンスウェアがキャッチしたものを執筆というソフトウェアが処理する、という一連の工程の反復であるからです。

センスを磨くためには何が必要かと問われれば、それは窓を磨くことと大して変わらないように思います。基本は反復です。磨けば磨くほど綺麗になります。ただもう一つ大事なことがあります。「Plan Do Check Act」というのはマネージメントサイクルの基本ですが、そのCheckの部分、つまり第三者による評価です。

センスというと独善的なもののような印象を受けますが、実のところ、センスの価値を決めるのは自分ではなく、コミュニケートしようとしている他者なので、そのターゲットにとって魅力的なセンスウェアとはどのようなものなのか常にCheckが行われ、Actに反映されなければなりません。そういう意味ではセンスも経験則の一部なわけで、有効な入出力を選ぶための経験則が即ちセンスであるという言い方もできるかも知れません。

かく言う僕もこのあいだ「プログラミングのセンスないなあ」と自分に愚痴をこぼしていた時にこの「センスウェア」の話を思い出しました。よくよく考えてみれば、僕のプログラミングに関するセンスウェアは、これまでほとんど磨かれていない臨戦態勢にない状態でしたから、努力が足りないというその一点だったのです。

学生時代は「センスがないと感じるのは努力を怠っている証拠」と言われて育てられました。「センスがない」と言っている時の多くはセンス→「適性」にして論じていますが、センス=「感性」ですから、本当は物事ができない理由に「センスがないから」と答えるのはお門違いなのですね。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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(2012-10-5)
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