2005/9/28

デザイン言語

後輩が面白いこと書いていたので、ちょっと考えてみます。デザイン言語というのは僕が卒業してからSFCで登場してきたシリーズの授業なのですが、ちょっと僕もおかしなところがあると感じているのです。

デザインははっきり言って言語ではないと思うのですが。
天然言語(英語とか日本語とかフランス語)と
人工言語(C言語とかJavaとかPerlとか)はいいですよ。もちろん。
でもデザインって言うのはどうかとね。
デザインってのはもちろん何かを伝えるため、なにか気持ちを込めて
する訳ですが、伝わる内容は必ずしも同じとは限りません。
前述の言語については、あるルールのもとでは1文が
単独で示す意味は限定されるはずであり、伝達内容は明確です。
それに引き換えデザインはどうよ。
文っていう区切りの概念もないし。
勉強してないんでなんなんですが、ルールなんてなくないか?

デザインというコミュニケーションのプロセスをざっくり言ってしまうと、製作者→制作物→ユーザということになろうかと思うのですが、デザイン言語というからには製作者→制作物というところに重点を置くべきだと思うのですよね。手法の部分。そうやって表現力の幅を醸成した上で、その中から取捨選択して、あるいは昇華することで、質の高いユーザとのコミュニケーションが生まれてくるのだと思います。SFCの授業ってのは、その段階を踏まずにデザイン言語って言ってる段階から、製作者→ユーザというダイレクトなコミュニケーションばかりを意識させ過ぎていて、結果、「モノを作る技術」という本質的なところをないがしろにしてるところがあるのじゃないのかなあと感じています。「言語」っていうからには単語暗記的な、ストイックな行為をもっと大事にしないといかんのではないかと。決して学生に対してキャッチーではないですが。

一方で「日本人のデザイン・リテラシーを底上げする」というのを、現段階でのライフワークの一つに上げている僕的には(全然そんなことできていませんが)、「デザイン言語」という考え方には大賛成で、デザインを体系化された知として教育するという行為は大いに進めていって欲しいと思います。DesignographyなんてBauhausから数えればたかだか100年程度の歴史しかなくて、今後も積み上げていかなきゃいけないものでしょうから、先人の知が言語学的に研究され教育されていくことはまさしく「デザイン・リテラシーの底上げ」に繋がっていくことだと思います。

とか言いつつ、履修してみたかったなあ、というのが本音。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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(2012-10-5)
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