2009/5/8

選手として二流、観客として一流

シャワーを浴びていましたら、ふとクライアントのこの一言を思い出してしまいました。「選手として二流、観客として一流」という言葉です。野球の話ではございませんで、僕の仕事に向けて発せられたフレーズです。

とは言え、僕のことではありませんで、クライアントご自身が「選手として二流、観客として一流」だという意味です。これは僕の独立してからかなり早い段階のクライアント企業の社長が、初めての仕事でおっしゃっていた言葉で、先だってリニューアルの際にも改めておっしゃった言葉で、この仕事の最中はずっとこの言葉がリフレインしていました。

自分たちはデザインに関して、もしくはインターネットに関して、決して一流とは言えない、けれども発注元として成果物を見る目利きであることは疑いようのない自信を持つところで、そのところ肝に銘じておいてほしい、というような意味で「選手として二流、観客として一流」とおっしゃっているわけです、意訳すると。

初めて聞いた時は、身震いがしたというか、これは性根据えて取り組まないと(当り前だけど)しっかり着地点までナビゲートできないな、と打ち合わせ中にガツンと来た覚えがあります。

実際このクライアントとの仕事は長丁場になることが多く、とは言え、色々な意味で余裕を持たせてくださり、窓口の方の対応も迅速で丁寧ですし、僕自身大好きな仕事の一つです。その変わり、作っては直し、作っては直し、スケジュールまでに、というよりは満足いくまでエンドレスという感じの進行になります。

ただ、全否定はされないんです。そこは愛があるというか、「観客として一流」ということだと思うのだけれども、もっとこうできるのでは?とか、もっとこういう見せ方も?とか、僕が制作側で気づいていない可能性を、何とか導き出して、より良いものに仕上げようと、一緒に人的時間的労力を割いてくださる。仕事が納品し終わると、今回も「観客として一流」であることをまざまざと見せつけられたなと思うわけです。

野球の例で言いますと、いつも満塁ホームラン打てるわけはないですから、ショートフライに倒れても、時には辛辣に、時には示唆的に、愛のある野次を飛ばしてくださる。その日、結果が出せなくても、次の日スタジアムにまた足を運んでくださる。こういう「観客として一流」なクライアントだからこそ、選手・制作側としては、見限られてスタジアムに足を運んでくださらなくなることを危惧します。

大分前の話ですが、ちょっとしたクリエイターの集まりの時に、パッケージデザインをやっている方が、「俺の言うこと聞いておけば間違いないのに、ってよく思いますよ」とおっしゃってて、その人の自信はスゴイなと思いました。僕はデザインということにアカデミックな意味ではこれから学校に入り直さない限りは永遠の半素人なので(実務は量をこなしているつもりですけど)、そういう風に思いこめないあたりは、僕の違う意味での強みだなあと思ったりもしました。多分、客商売に向いている。

最終的には僕の方を選手として一流と思ってもらえるようになりたいとは思いますが、有名な野球選手も「一流かどうかは観客(ファン)が決めること」というようなことを言っていたように思います。

制作側とクライアントという関係を、選手と観客で考えるスキーム、ということを独立して早い段階で教えてもらえたことは、僕のその後の仕事の仕方に大いに影響していると思います。

制作側に限らず、発注側の立場にいる方も、「観客として一流であるとはどういうことか?」とか考えてみると、スタジアムがもっと盛り上がるかも知れません。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

是非、フォローしてください!
Twitter / Instagram

(2012-10-5)
売り上げランキング: 14,705
100円