2009/2/26

ガラガラポンとベーシック・インカム

自分の身の周りの10人に聞くと、ほぼ10人が「この国は将来立ち行かなくなる」ということを言います。僕もそう思います。色々な制度が行き詰まって、借金は溜まる一方で、行政は社会問題を解決する力がなく、本当にどうなるんだよと思いつつ、政治に対して僕らは少なからず他人行儀で、とは言えそれもしょうがない政治不況にあるのだと思います。

以前、「日本の国家ブランディングを勝手にやってしまうというのはどうか?」ということをEUREKAに書きましたが、しかしながら、概観をデザインしようとしても膿があちらこちらにある状況では、それもなかなか難しいのが実情で、日本のグランドデザインみたいなものも色々出てきますが、なかなかどうしてそういうものも実像がないというのが現状のような気がします。

よく政治家の人は「これこれこういう国にしたい」ということを語れないといけないと言います。ビジョンとか言われるものです。たしかにビジョンも大事。大事なのだけれども、それが形容詞的だといかようにも受け取れるし、いかようにも崩れてしまう。極端な例ですが、「美しい国」なんてのはまさしくそれで、僕の個人的な見解としては「美しい国は壮大なティザー広告だ」という記事を以前書いてますが、じらされただけだったなあと。

ガラガラポンが必要なのだと思うのです。現在の状況を鑑みれば、軌道修正をいくらしても、それは所詮応急処置のその場凌ぎで、抜本的な改革にはならない。「改革なくして成長なし」とか聞きますが、改革の定義もころころ変わるし、何を以ってゴールなのかもよくわからない。自民党政権が民主党政権に変われば変わるのかというと、そうとも思えない。政治家も官僚機構も経済界も既得権益を守るのに固執するから変わらない。ガラガラポンはできない。

それで僕が薄々感じていたのは「政策」ということです。「政局より政策」。ワオ。麻生さんが盛んに言ってましたね。ただ僕の言っている政策ってのは、ちと話が違いまして。

ガラガラポン実現のために必要なのは、ビジョンではなくて、それを実行するためには、ありとあらゆることを考え直さなければいけない、そういう今のスキームでは実現不可能な政策をやることに決めてしまう、ってことではないかと思ったのですよね。

とは言え、そんな政策、なかなかあるものじゃありません。大統領制にするのか、道州制にするのか、それでもやはり国の仕組みの抜本的な改革にはならない気がします。そんなことを考えながら、ふと本屋で見つけたのが『ベーシック・インカム入門』という本。

平たく言うと、生活に最低限必要な費用を国民の基本的な権利として例外措置なしに保障する、というようなことです。もっとわかりやすく言うと、「毎月ウン万円を国から無条件にもらえる」という制度。定額給付金はばら撒きとか票稼ぎとか揶揄されてて、僕もそう思いますが、それが毎月となると、ちょっと話が変わってきませんか?

『ベーシック・インカム入門』によると国の生活保障の捕捉率というのは20%らしいです。生活保障の必要な人の20%しか、国は生活保障が必要な世帯として捕捉できていない。「それは国の怠慢だ!」というのは簡単だが、著者の山森亮氏は、むしろなぜ生活保障世帯に適切な生活保障を行うには、今の5倍の予算が必要になる、ということにメディアが言及しないのか、ということを指摘しています。たしかに無駄や怠慢もあるのかも知れませんが、それは一部の話でしょうし、むしろ制度的に100%の生活保障を行える能力を今の日本が確保できていないという現実を知らされます。

生活保障の問題だけでなく、自立支援とか雇用促進とか、国が予算を割いてやっているわけですが、機能していない。「国に何とかして欲しい」という意見は聞きますが、「そもそも国にできるのか?」という疑問もあるわけです。国家という枠組みがセーフティネットを機能し得るだけの仕組みを用意することができるのかという。

と考えた時に、弱い人を助けるという聖人君子的な役割を国に期待するよりは、生活に最低限必要な費用を国民の基本的な権利として例外措置なしに保障する、ということは一つの施策として有り得るのではないかと思いました。

ただ例えば15万円のベーシック・インカムを設定したとすると、200兆円の予算が必要になるわけです。10万円であったとしても、5万円であったとしても、今の日本にとってあまりに大きな金額でしょう。

ただ逆を言えば、「15万円のベーシック・インカムを日本国民に保障します」と決めてしまえば、それに応じてこの国の在り様を機構的に制度的に抜本的に見直さざるを得ない状況が生まれるのではないかと思います。ガラガラポンです。

「政策の実現可能性」を論じてもしょうがなくて、「実現不可能な政策を、実現可能にするための政策」ということを考え始めて、それがようやく改革ということになるのではないかと思います。

とは言え、実は僕、このベーシック・インカムという言葉を覚えてまだ1日目なのです。現状、ProでもConでもなく、というよりむしろわからないことの方が多く、ぺーぺーです、というのが正直なところです。

またお金の問題だけじゃなくて、ベーシック・インカムが例えば若者の労働意欲を削ぐとか、向上心がなくなるとか、貨幣価値が崩れるとか、「共産主義だ!」とか「Marxの亡霊だ!」とかいう意見も目にします。万能薬ではないですし、「良薬は口に苦し」と言いますが、まだ良薬かどうかもわかりません。

ですから、今日明日に答えを出そうという話でもなく、ただ漠然とこの国どうなるんだろう、どうしたらいいんだろうと考えても話の収拾がつかないですから、一つここは「ベーシック・インカム」という一つの軸で、財政が介護が経済が医療が雇用が教育が、その他ありとあらゆるものが、どういう変容をするのか、それは望ましいのか、忌むべきものなのか、考えてみるのは意味があるのではないかと、それだけの価値は少なくともある考え方なのではないかと思います。

ただ、凄く色々なところに引っかかってきたので、とりあえずbasic-income.orgなるドメインを取ってみて、ちょっと継続的に考えてみたいなと思ったのが、今日の段階です。

ああ、なんかでも太田総理みたいな話になってしまったな。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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