2010/1/14

コンテンツとプラットフォーム – 電子書籍について考える

ちと、ここ数日電子出版についてのニュースをチラホラ耳にしますので、電子出版について考えておりました。出版社21社が連合して「日本電子書籍出版社協会」なるものを立ち上げましたし、一方で、フォントのモリサワがiPhone用電子書籍リーダーを販売するなどというのも話題になっていました。モリサワが一般的にどれくらい認知されているかは結構疑問ではあるのですが、とみにクリエイティブの仕事をしている人などは、フォント界のトップブランドで、iPhoneとか電子書籍とか言ったところのアーリーアダプターに近しいポジションにいる企業だと思います。

さて、以前、「Service As A Platform – コンテンツとネットの未来について」という記事を書きました。基本的にデジタルコンテンツの流通というのは、コンテンツ事業に新しいプラットフォーマーが乗り込んでくることで、価格破壊や、利便性拡充や、販路の拡大や、ロングテールなどの現象が起こってきたものと理解しています。僕はその構造が一番早く持ち込まれたのは、家庭用ゲーム機市場だと思っているのですが、書籍はAmazonだし、音楽はAppleだし、プラットフォーマーとしてのサービスの質を担保できる企業が、どどーんと黒船襲来のごとく入ってくることで、デジタルコンテンツ市場は開拓されてきたのだと思うのですよね。

だから、出版社がガチガチに連合して、ともすれば共同でプラットフォーマーになってしまおうなどと目論んでいるとすれば、そこにあまり個人的には期待を持てません。コンテンツプロバイダーはコンテンツの質を追求し、プラットフォーマーはサービスの質を追及する、って構図が出来上がらないと、日本の電子書籍の未来はなかなか難しいんではなかろうかと思っています。勿論、黒船にコンテンツを安く買い叩かれてはまずいわけですが、そもそも書籍のメインは文字情報だと思いますから、デジタルコンテンツとしては流通しやすいものだったわけで、ここまで普及に至らなかったのは出版社の怠慢とも言えるわけで、「攘夷」って叫んで小さく固まっちゃっているようにユーザ視点だと見えてしまうわけで。

いや、出版社の怠慢ではないですね。出版社は書籍をデジタルコンテンツとして流通させることにそのものに責任はないから、そこが怠慢ではないですね。むしろ、優秀なプラットフォーマーと良好な関係を築いて流通させようという努力がこれまでに結実しなかったという印象の方が強いですね。ここで、コンテンツをガチガチに縛るのか、それとも、積極的に広めていくことを選ぶのか、というのは、日本の有料コンテンツの今後の分水嶺かも知れないですね。

日本のメディアが危ないというのは、確かにネットやソーシャルの隆盛の影響もあると思うのですが、テレビもラジオも雑誌も書籍も、コンテンツプロバイダーとプラットフォーマーが一体化した状態で図体のでかいマンモス化してしまっていることに問題があると思います。だから傍目に見ると時代の変化に後手後手な鈍重さが目についてしまう。じゃあ既得権益を今の構造で固辞していけるかというと、ユーザはそういうところから離れ始めているわけでしょう。そうしたら世の趨勢を鑑みて、資源の集中を図っていかないとサバイブできないのではないかという気がしています。

僕は別に「作家」と「読者」を守るために、出版社は自己犠牲になれ、とは思っていないわけで、本来的な自社が得意とする分野の仕事の純度を高めていかないと、ますますこの国の「作家」と「読者」の距離は離れていって、業界自体がつまらなくなっていっちゃうと思うのです。

なまじ、AppleとかAmazonが乗り込んでくるのが自明の理なことを考えると、既に自分たちの顧客の多くがそれらのもたらす恩恵に預かっていることを鑑みれば、「攘夷、攘夷」とも言ってられないのは歴史が証明していると思います。コンテンツを発掘し、育て、深め、パッケージする、というところに強みを持てれば、プラットフォーマーと良好な関係を作って日本の市場を盛り上げて行くことが、コンテンツプロバイダーたる出版社に求められている気がします。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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