2008/8/14

LZR Racerに見る顧客満足至上主義の限界

オリンピックへのメダルの期待もあいまって、Speedo社のLZR Racerはかなり話題をさらいましたね。日本の代理店の株価も一時的とは言え大分上昇したとか。着用に数十分を要すこの競泳用水着は、締め付けが強く、着心地も悪く、決して褒められない形容が並びますが、しかし着用した選手が次々と記録を樹立する、というまさに画期的なイノベーションを起こしたわけです。

テレビでLZR Racer誕生秘話的な番組がやっていて、非常に興味深く観ました。

LZR Racerの開発に当たっては、世界の流体力学のパイオニアとして、パートナーにNASAへの共同研究を持ちかけたそうです。そして、いかに鍛え抜かれた体とは言え、どうしても発生してしまう人体の「たわみ」を極限まで抑える、LZR Racerのコンセプトに至ったのだとか。

このコンセプトはNASAの研究員とSpeedo社の担当者が、パスタランチをしていた時に、スパゲッティを食べながら思い付いたのだそうです。曰く、茹でたスパゲッティと固いスパゲッティでは水の中を進む速度が違う。だから人の体を茹でたスパゲッティではなく、固いスパゲッティにすればよいと。

LZR Racerには強力な撥水加工が施されていて、水を徹底的に弾きます。その上で、強力な締め付けで、競泳中の選手の人体をまさしく「形成」してしまうわけです。

勿論、優れたコンセプトだけでは駄目で、オーストラリアの研究施設に世界中のアスリートを招聘し、流体実験を行い、スクラップ&ビルドを繰り返して辿り着いたのが、今北京オリンピックでほとんどの選手が着用している、LZR Racerという完成型なのだそうです。

Mizunoがオフィシャルスポンサーであるにも拘わらず、LZR Racerの採用を認めたこともニュースになりました。日本のスポーツ業界が決して世界に遅れを取っているということではないと思います。日本は古くから選手の要望を最大限に聞き入れ、まさに選手にとってベストのものを作り出すことに尽力してきました。

しかし、LZR Racerの示唆するものは、顧客満足至上主義の限界と、一歩先を行くイノベーションの生み出し方があるのではないかと思います。

動きやすい、着心地の良い、という水着の概念を打ち崩して、NASAと共同でケミストリーを持ち込み、それを実現するためにスクラップ&ビルドを徹底し、その上でトップアスリートのフィードバックも得ながら完成したのが、締め付けが強く、着心地の悪い、LZR Racerというプロダクトだったわけです。

ただ、Speedo社の担当者は、世界記録を狙う際の「動きやすさ」や「着心地のよさ」は、一般的な水着のそれとは大きな隔たりがある、ということをテレビの取材で語っていました。

明確な目標があり、斬新なコンセプトがあり、それを支える研究と実証があり、飛躍的な結果をもたらしたという意味で、モノ作りを生業としている人間としては、このLZR Racerというプロダクトが生まれた一連の流れは、まさに羨望の眼差しで仰ぎ見ざるを得ません。

トップアスリートという非常に限られたターゲットに対して開発された商品でありながら、その開発工程がきわめて今日的であり、日本が誇るオーダーメイドの職人技術を上回ったという意味でも、この商品がいかにイノベーティブかということを言えると思いますし、同時に顧客満足至上主義だけではイノベーションは生まれないということの一つの証明にもなり得ているのではないかと思います。

LZR Racerという商品の生まれた過程には、大いに学ぶべき部分があると感じました。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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