2009/7/28

デザインの論評は面白くない

たまあにWEBを見て回っていると、このサイトは「これこれこうだから宜しくない」みたいなものを目にします。言ってることが正しいか間違っているかは別にしても、とりあえずそういうものを読んで目から鱗が落ちたとか、フムフムと唸らされたという経験がありません。

仮にデザインの法則みたいなのがあるとして、そういう教則本もないことはないですけど、結局ケースバイケースだと思うんですよね。だから駄目なサイトを例にあげて、これは絶対不変なデザインのルールである、みたいなことは論理式として成り立たない。

先ほど読んでたサイトだと、「結論から言うと色々なフォントを使い過ぎ」みたいな話が述べられてたのですが、フォントの数を絞れば絶対的に正解か、って言うとそういうわけでもないですよね。コンテンツ如何によってはイレギュラーも発生してくるだろうし、フォントの使い分けに、意味性がきちんと付加されていれば、それはそれで有効な手段なわけで。ちょっと誤解を招く分析だなと思いました。

同様に「ゴシックとセリフを混ぜて使っちゃいけない」ってのも、基本として念頭には置きつつも、やっぱりコンテンツ如何によってはイレギュラーも発生してくるだろうし、イレギュラーを活かした方が有効だってこともあります。原則はあくまで原則であって、万物に対する絶対の法則ではない。

ようはきちんと目的に対して意図的にコントロールされているか、それがすとんと受け入れられるか、ということが問題だと思うんですね。

僕はビジネスにおいても何とかフレームワークが好きではない、のですが、デザインでも絶対的な法則があるという考え方は好きではない。むしろどれだけ良いものを見てきたか、どれだけ良いものを作って来たか、ということの集積が、つまるところの経験則が、ものを考える時の基準となっていく、という考え方が好きです。

論理だって経験則に裏付けられるから妥当性が出てくるわけであって、論理的に正しいだけなら怪しい金融商品みたいなものになりかねないですし。

趣味嗜好の問題ではあるのですが、僕のスタンス的になかなか面白いデザインの論評には出会えないなあと思います。むしろ気に入ったものを無邪気に褒めちぎっている文章の方が好きですし、自分の仕事への内省ならまだしも、という感じがします。

モノを作る人が、あれもダメ、これもダメって言ってたら、何も作れなくなっちゃうじゃないですか。

好きか嫌いかで十分です。

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