2007/11/19

Viva La Creation

例えば、本を読む。例えば、絵を見る。例えば、音楽を聴く。本を批評するために本を読むわけではなく、絵を批評するために絵を見るわけでもなく、音楽を批評するために音楽を聴くわけでもない。人間の本来的な衝動として、本を読めば物が書きたくなるし、絵を見れば何か描きたくなるし、音楽を聴けば歌いだしたくなる、というのがあるべき姿なのではないかと思うのです。こういう極めて幼稚で原始的でだけれど非常に重要な人間の「何かを生み出すことへの衝動」というのは、人間、というより人類が文化的であり続けるために不可欠な要素ではないかと思います。

モノ作りという言葉はあまりに広義ですが、モノを作るために重要なのは論理より衝動です。論理はプロセスを合理化するためのもので、そこに根源的な衝動がなければ感動は生まれません。Leonardo da VinciやGalileo Galileiが多才で多作なのは、とどのつまり彼らが作り続けたからでしょう。その衝動の集積が発明になる時もあれば日の目を見ないこともある。でも彼らが作り続けなければ今の人類の進歩はなかったに違いありません。

インターネットは知的生産の場を、しかも実質無限に近しいスペースを、一般の人々に提供することを可能にしました。生前自分の作品が全く正当に評価されなかったVincent van Goghが今の世の中を見たら、心底羨むのではないでしょうか。勿論、機会が分配されたことによって、「日の目を見る」ことへの障壁はより高くなったかも知れません。けれども、作り続けることが孤独な戦いではなくなった、そんな気はします。

作り続けるというともすれば陰鬱な、修行僧とも言えるような営みが、時代の変遷と共により健全な行為になったとも言えるでしょう。

平家物語がとても完成度の高い日本語であるのは、琵琶法師によって幾度も幾度もその話が繰り返された練磨の末であると言います。「完璧」を一発で探し当てるのは至難の業です。しかしそれが反復され続けることで、よりよい方向に洗練され、芸術とも言える昇華を見せるのです。

ですからアメリカのネットベンチャーのあり方というのは極めて健全で、会社だって作り続けなければ価値のあるものは生み出せないはずです。むしろ、日本の「チャンスは一度切り」という環境は、人類の歴史からみて奇異です。作り続けることが人間の本性であるはずで、一度切りで全てを出し切れるのは、ほんの一握りのはずですから。

作り続けること、これは人類の進化を支えてきた営みです。ですから、何かに喜怒哀楽の感情を覚え、心を揺り動かされるような感動を受けた時には、それをそのままにしておくのではなく、本能の赴くままに自分の何かを生み出す衝動へと繋げるべきです。いやさ人間誰しも幼い頃には持っている感覚です。ですが、そういう基本的な感覚こそが、とても重要だと感じます。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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