2007/11/19

English Man in New York的に行こう

Stingの名曲に『English Man in New York』というのがあります。イギリス人がニューヨークにいるなんて、エイリアンみたいなものだ、というような寂寞を訥々と歌った曲です。これは僕にとってとても思い出深い曲で、たまに昔のことを思い出してバーでリクエストする曲だったりもします。この曲でリフレインされるフレーズが「Be Yourself No Matter What They Say」です。地味ですが勇気の出る一言です。

久し振りに僕の過去を紐解くに、高校時代、「ニューヨークの日本人」になる覚悟はしてたのですが、実際は「ニューヨークの日本人だけの学校で英語が喋れない数少ない日本人」になる覚悟はしてなかったのですね。これが結構行く前に僕が持っていたイメージと齟齬があった。僕の同級生というのは高校に入る前に世界各地の現地校で、言葉が通じないという苦しみ(苦しみとも感じてなかったのかも知れないけれども)を「既に」入学前に乗り越えてきた人たちだったのです。そこが全然違った。今でも僕の周囲は凄かったなあと思うわけだけれども。

そういうわけで僕は高校時代に非常に悶々としていました。自分の何を以って加藤康祐を為せばいいのか、なかなかわからなかったのですね。その頃、すがるものと言えば中学時代にしていたバスケットボールでしたが、高校のバスケットボールチームは選抜制で、僕はトライアウトという入部試験でチームに入れませんでした。何と言うか、行き場のない何かがありました。

とは言え結論としては高校時代はとても楽しくて素敵で充実した思い出で、高校2年から始めたラグビーや高校3年から日本語での専門的な内容の授業も増えたりで、不得手を一定の水準まで引き上げる作業から、得手を自分の望む姿まで高め伸ばす作業へシフトできました。やはり不得手で難渋するより、得手で自己実現をできた方が楽しいですからね。

そんな経験を高校時代にしたので、僕の中でそれ以降、「English Man in New York的であること」ということには一定の価値を認めるようになりました。自分をマイノリティの環境に置くことで見えてくる何かがある、新しい発見がある、意外な知性の萌芽がある、と。慣れない環境に放り込まれることは、新しい強みを引き出すための機会なんだと思えるようになりました。

気が付けば僕自身進んでそういう道を選ぶようにもなっていました。「普通部→ニューヨーク学院→SFC」という進学経路を取った人間はきっと今でも慶應の中でも片手で数えられる程度だと思いますし、学生の癖に社会人やってましたし、大企業行く気満々だったはずが個人事業主やっているのも、クリエイティブの仕事やってるのに体育会系なのも、太ってるくせに走れるのも(これは結果論ですが)、とにかく人とは違う立ち位置を選ぶようになっていました。自分で選ばずとも、そういう環境にいてそういうちょっと外れた感じをコンフォタブルと感じていますから、やはり自ずと自分の志向性がそういう方向に向いているのでしょう。

ましてや今の仕事なんて。常に最初は「English Man in New York」=「エイリアン」ですから。でも、そこから置かれた環境を把握して、エイリアンだった自分がどんどんクライアントの環境に溶け込んでいく過程を僕自身楽しみながらやっているきらいがある、そういうことはこれまで生きてきたことそのものが糧になっているのかも知れません。

その上で酒を飲みながら『English Man in New York』を聴くと思うわけです。「Be Yourself No Matter What They Say」なんだと。これからの人生の担保は、これまでの人生でしかないわけですから。

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加藤 康祐 / 企画・設計

1980年1月12日生まれ。フリーランス歴15年。プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。学生時代にデザイン会社でWebデザインを経験。2005年よりフリーランスとしてキャリアスタート。これまでに個人から上場企業まで、100以上のクライアントとのプロジェクトを経験。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの編集・運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート等。趣味はラグビーと料理。Keep the head up, Bind tight & Stay low.

加藤康祐企画設計

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