2021/1/18

仕事できなくなる時に備えて仕事する – 緊急事態宣言と仕事をする意味再考

仕事の目的、何のために仕事するのか、Rice WorkとLife Work、仕事にはビジョンが必要、仕事をする意味―。現代社会で生きていくには仕事は欠かせないことと言えて、まあとは言え、心からやりたいことかと言うと、仕事しなくて済むなら仕事しなくても良いのかなという気持ちもあって、モチベーションエンジンを維持するためにはなんか大義が必要で、そんなことからも仕事をする意味、というのは語り尽くされて来たことな気がするし、僕も色々書いて来たように思います。

勿論、高みを目指すことは大事なのだが、緊急事態宣言下、色々な人が思うように仕事ができなくなっている現状を見ていて、改めて考えていたのですが、仕事がなくなるとか、仕事ができなくなるというのは、ついこの間、僕も体調を崩すことで経験したことがあって、有事と平時という言葉があるけれども、僕がこれまで語っていたのは平時における仕事をする意味に過ぎなかった、のかも知れないなあと思ったんですよね。

自分が稼げなくなるイメージが湧かない、というのはなかなか危うい

有事の想定をこれまで何もしてなかったというわけではなくて、例えば、こんな話を書いています。

自分が稼げなくなるイメージが湧かない、というのはなかなか危うい、という話
自分が稼げなくなるイメージが湧かない、というのはなかなか危うい、という話 Reprise

絶対に稼ぎ続けることができるシステムなんてないし、その上で、絶対にそのシステムから外れないメカニズムなんてないだろうし。人が「何とかなる」という時は大抵、そこに論理的な判断働いてなくて、何となく閾値は超えているはずである、安全圏にはいるはずであるというイメージだったりするんですよね。

でも実際は閾値を超えていることや安全圏にいることよりも、どうなったら閾値を下回るのかとか、どうなったら安全圏から外れてしまうのか、ということの方が大事で、そういうことを論拠を示して考えられていることって意外と少ないんじゃないですかね。

特にここでは、市場価値や能力みたいな内的因子に重きを置いてるから平時の話、とも言えるのだけれど、今回のコロナのような外的因子の有事の話というのもありますよね。

仕事できなくなる時に備えて仕事する

僕の場合は再度体調を崩すというインシデントも想定しなきゃいけないわけだけれども、20代体調崩して、そこからの仕事を全て「仕事できなくなる時に備えて仕事する」で考えようと思うと、モチベーション的にも結構きびしかった気がするし、実際、そういうマインドセットにはできなかったなと思います。一方で30代終わりに体調崩して、さて40代50代で後半戦、という時に、「仕事できなくなる時に備えて仕事する」というのはモチベーション的にマアマア行けるかな、という気はするのですよね。というか、「仕事できなくなる時に備えて仕事する」これが現実なのではないか、という気もしますよね。。。かっこいいこと言い過ぎてたんじゃないかって言う。。。持ち越せればそのために作った余裕を、老後に持ち込めれば良いわけで。

レジリエンスという言葉を引き合いに出さずとも、備えることは大事で、今もコロナ対策で、平時になんで設計しておかなかったのかみたいな議論が散々あるわけだけれども、自分の仕事も同じことが言えて、状況に対応するだけでなく、平時に有事に耐え得るシステムを設計をしておく必要がありそうですよね、そういう意味では反面教師だ。僕は保険などにも入れないことがあり、まずは貯金、つまりリソースに余裕を持っておくことが一番なのかな、と思いますけどもね、地味だけども。。。

災厄を乗り越えて

そんなことを書いて来ましたが、一方で別の思いもあります。先日、テレビに吉田鋼太郎さんが出ていて、自分は俳優に向いてないと思っていたが、コロナ禍で芝居が思うようにできなくなってしまった時に、自分が俳優を好きなことをまざまざと感じた、みたいな話をされてて、確かに、僕もラグビーできなくなってみて、ラグビー好きだったんだなとか、色々な人のご協力を得て初めてやれていたことだったなということを再認識したりしました。

仕事もやっぱり仕事できなくなってみてありがたみや大切さ、仕事が好きだということを実感するところはあって、僕の場合、体調を崩した時がそうでした。幸いなことにコロナ禍においては、僕の仕事は、仕事がなくなったり、仕事ができなくなったり、という危機に直面していないのだけれども、これまでに書いて来たように、色々な因子でそういうことは今後もあり得るよなあと思うのですよね。

そう考えると、当たり前にできていることを当たり前と思わないこと、なのかなあという気もします。これは平時と有事の違いとも言えて、有事というのは当たり前にできていることが当たり前にできなくなることだとも言えます。という時に、当たり前のありがたみ、というのを丁寧に扱っていく、というのが実は「仕事できなくなる時に備えて仕事する」ということにも繋がってくるのかなあとも思えます。

普通のフレーズだけど「仕事できなくなる時に備えて仕事する」って簡単な言葉で明文化できて良かったなという気がして、平時と有事を行き来しながらサバイブしていくためにも、考え方を40代50代シフトしてあげると良いのかなって気がしていますね。まあ、歳を取ったということなんだろうw。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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