2019/8/21

統合失調症は癒える

統合失調症は癒える、というのは読んだ本のタイトルなのですが、確かに癒えるものだな、と思います。混乱した状態を、つまびらかに解いていくと、統合失調症を構成するいくつかの要素、というのが見えて来て、そういうものに適切な対処や整理ができるようになって来ます。例えば、それは幻聴や妄想という症状です。幻聴と妄想というと、一般的には馴染みの薄いことではないか、という気がします。なかなか経験しないとその実態は掴みにくいし、経験した当人も実態を掴み切れているとは言えないだろうと思います。

幻聴の話

本来聴こえるはずのないことが、聴こえてしまうこと。それはしばしば知り合いの声色で聴こえてきたり、対面している人の話が違うように聴こえたり、曖昧に聴こえた音が自分に都合悪く聴こえたり、みたいなことがあります。空耳、みたいな感覚にも近しいのかも知れませんが、「幻聴が聴こえる」という病識がない状態で、幻聴が聴こえてくると、徐々に苛まれていくことになります。独りでいる時にも、人といる時にも、起こり得る、ということですね。

こうした声に過敏に反応したり、しばしば攻撃的になったり、また、反応せずとも妄想が進行してしまうというようなことがあって(後述)、徐々に日常から乖離していきます。これと並行して、テンションが上ってしまったり、興奮したり、激昂したり、ということが続くと、神経も高ぶり、安息を取ることができず、輪をかけるように状態が悪化していきます。こうした症状のひどい状態の時期を急性期と言いますが、糸がピンと張り詰めた状態というか、鉛筆の芯を研ぎ澄ました状態と言えると思います。

妄想の話

公安にマークされている、興信所を使って調査されている、サイバーテロの標的になっている、テレビやラジオでプライベートを話題にされている、パスワードやクレジットカード情報が漏洩している、部屋を盗撮されている、スマホを盗聴されている、デパートやスーパーやコンビニで自分のことを貶されている、SNSを監視されている、バスや電車のアナウンスがおかしいことを言っている、と並べてみると荒唐無稽な感じがしますが、僕はこういった妄想が全部あって、さながらオーケストラでした。どこに行っても、何をしてても監視から逃れられないような感覚がつきまとうというか。これは結構生理的に耐えかねる状態と言えます。家にいても、外出しても、休まる時がないという。

こういうことはしかし全く荒唐無稽かというと、その時にはある意味論理的な理由付けがされていたり具体的なトラブルが起こっており、放射能除染の取材をしたことによって公安にマークされているのではないかとか、サイバーテロの標的になったからMacが起動しなくなったのではないかとか、個人情報が漏洩しているから海外でクレジットカードの不正利用があったのではないかとか、自分が行くイベントのことを今テレビのキャスターが話したように聞こえたとか、自分のこれまでの経験が引き金になっていたり、たまたま起こったトラブルと結びついてたり、幻聴によって妄想が生まれていたり。周囲や環境に対して猜疑的になっており、時間が経つにつれて妄想は膨らみました。パトカーや救急車の交通整理の声も自分に関係あるように聴こえたり、車やバイクのエンジンふかす音も何かこちらに対して意図があるように聴こえたり。逆に、幻聴に耐えかねて110番して警察に家に来てもらったこともあったし、交番に自分は統合失調症を患っているのだが、大丈夫か、と相談に行くようなこともありました。

社会生活の話

これらの症状がある状態で、実際は仕事をしていたので、お客さんから連絡があったり、催促があったりします。打ち合わせに出なければいけなかったり、納期が迫っているものがあったり。上に挙げた症状を鑑みると、とても仕事が満足にできる精神状態にはない、と考えられると思いますが、「何とかしなければならない」「何とかしよう」という意識も働きます。一方で、自分はかなり疲弊しているとか、かなり極限状態にあるとか、限界に近い、みたいなことも体感としてあるわけです。

ポジティブな反応としては、今の場所から引っ越そうとか、今負担の大きい契約を断ろうとか、そういう判断がありました。ネガティブな反応としては、連絡に対して反発したり、いわれのない言いがかりをつけたり、みたいなことがありました。またプライバシーにかかる情報を削除しようとか、人間関係を整理しよう、みたいなこともありました。気の知れた友人は心配して連絡をくれるものの、そういうものにきちんと応える余裕もなく、状態はどんどん悪化していきます。

病識の話

結局、僕の場合は、保護されて、入院して、身体拘束されて、点滴で鎮静剤を打って、薬を最大限服用し、ようやく「あちゃー、病気だったか」となりました。それくらい混沌をおさめるには徹底的な鎮静、休養が必要で、人に言われるでなく、自分で病気になってるという状況を承服できないといけない。実際に急性期の幻聴のうちには「あいつをもう一度病院に入れないと」などと知り合いの声で聴こえてきたり、自分が病気であることとか、入院をするとかいうことに対して、とても抗っていたんですよね。その「病気であることを認めない闘い」みたいなのを終わらせないといけない。

まもなく3ヶ月の入院治療を終えて1年ほど経とうとしていますが、幻聴や妄想が完全にパキッとゼロになる、というものでもありません。ただ、病識ができて、病気の症状に対する予防や対処ができたり、状況の整理ができると、日常生活には支障がないですし、仕事もこれまで同様できるようになります。よく語られる、病との付き合い方が大事、というようなことでしょう。正しい病識を持つことと、薬をきちんと服用すること、睡眠や食事、運動、休養をたくさん取ること、なんかの当たり前のことがとても大事です。

まとめ

今回は少し急性期の幻聴と妄想のディテールを書いてみたけれど、よく精神的に強いとか弱いとか語られますが、どうも具体的な症状に目を向けると、そういうこととは異次元というか、むしろ、穏やかであるかとか、静かであるかとか、そういうことに依るようにも思います。統合失調症の他にも精神疾患には双極性障害や適応障害など、色々な分類があり、十把一絡げにしていいものでもなかろうと思います。肝心なのは、急性期の状態に至らないように日々を穏やかにすること、至りそうになったら早めに対処するということ、かなあと思います。望むべくは、先に挙げた「オーケストラ状態」残りの人生で経験したくはないですよね。

最後にこういうことの整理についてなのだが。やはり、丁寧に一つ一つ整理して自分の当時の状態や状況を理解する、という作業は必要だと思います。加えて、慎重に生きるというか、おっかなびっくり生きるというか、自分を労ったり、客観的に心配する眼を持ってあげる、みたいなことも必要かな。医療や家族や友人のサポートを受けつつも、自分で何とかしないといけないことが大半なのもまた事実なので、自分に自信を持ちつつ、少し懐疑的な視点、「俺、今、大丈夫かなー」みたいな観察眼を持ち続けることも大事かなあと思います。

なんかこういうことも含めて、じっくり生きれるようになると良いですよね、じっくり。

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