2019/6/14

書くことと、もう一度、向き合う

最近の心境の変化に、ブログ書くかあ、というのがあります。書くということは自分ができるいくつかのことのうちの大事な一つだと思っていて、仕事でも多分、デザイン、エンジニアリングに加えて、ライティングってこれまで武器にしてきたところではあるのかな、という気がします。しばらくあまり大きな塊のことを書けなくて、特に自分の体調の変化に引っ張られてしまう部分も大きかったのだけど、最近ようやく、あまり体調を崩したことに引っ張られずに自分の興味分野を平易に書いていけそうだなあという感じがしており。そのうちの一つとして体調の話があるのは良いのかなと。

昔より書けなくなった気がする

一方で、昔のようにすらすら書けない感覚、というのもあります。もしかしたら、年齢を重ねた、ということなのかも知れないけれど、以前はポーンとトピック降って来て、さらさらさらっと書けたのだけれども、最近は「これ書けるかな?こっちの方が書けるかな?」とゴモゴモしている時間が長くなったように思います。

そもそもブログをひっきりなしに書いていたのは「楽しそうにやっていた方が仕事が来そうだから」「面白いこと考えていた方が面白いことと出会えそうだから」みたいな単純な動機だった気がしていて、「フリーランスの仕事は劇場型であるべき」みたいなことを考えていたからだと思うのだけれど、昔ほど、そういう劇場をやろう、という気がないからなのかも知れません。

改めて、発信について考える

ただ、人生、一呼吸してみて思うのは、自分の考えていることや気になることを発信していきたい、って欲求、改めて出て来ているんですよね。自分が停滞期を超えて、また歩みを進めていくための、推力としても、そういうものが必要な感じがしていて。今すごく色々なことに執着が薄いフラットな状態だなあという自覚が自分にもあるのだけれど、そういうゼロに近い状態から、また少しずつ道筋を作っていけたらなと。

発信って、本来的にはなかなか点では解決できなくて、線として繋がり、実際は面として(これをメディアということもできる)、ある種の顔を持たないといけない気がするのだけれど、長らくブログやって来て、もう一度、このブログの顔がきちんと見えるようにしていこう、そのためにまた記事を書き連ねていってみよう、そんな感じがしています。

自分に問う時間を作る

自問自答という言葉がありますが。文章を書こうと思うと、自分に何かを問う時間が必ずあります。noteみたいなのが今流行ってるのもそういうことかも知れないけれども、自分と対話して、答えを探す、そのプロセスが記事と呼ばれたり物語と呼ばれたりする。まず以て、生活の中に、そういう時間を作ることが大事だよなあと改めて思うし、この1年くらい、それをやらなかったことが、良い意味で自分の転換になっている気がしていて、そこをもう一度やってみることに何か変化を見出だせるか、というのは楽しみなことでもあります。

面白いことを書き続けられる状態、ってやっぱり良い状態だと思うんですよね。言葉って難しくて、調子の悪い時には、自分の文章や言葉が、しばしば自分への重圧になったり、呪いになったりして、大体、バイオリズムとシンクロしていたなと思うのだけれども、完全にPCやスマホ触らない状態から、徐々にSNSなどをやって、今、改めてブログをコンスタントに書く状態を取り戻すと、もう1フェイズ先に進む感じがするというか。

まとめ

仕事するにも、生活をするにも、それを活き活きさせるには、「思考の束」みたいなものがストックとして必要で、ちょっと貯金使い果たした感じもあるので、また日がな溜め込んでいこうと思っています。色々、転換期ではあるので、書きながら転換していく、ということが経験的にも有用な気もしています。そうやってなんか思考と実践の反復をまたやっていけたら良いなあと。

油断していると、今、ブログ480万字ということで、500万字も目前なんですね。思考という形のないものを、「積み重ねる」ことにもっとも手軽に継続する手段は、やっぱり「書き続ける」ことな気がして、ちょっと足を緩めたけれども、また続けていこうと思うのでした。

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