2019/6/7

社会問題と当事者性

最近、テレビのニュースを見ていて思うことが、あんまり「他人事じゃないなあ」ということです。いたましい事件が多いけれども、社会問題として8050問題、引きこもりなどがクローズアップされるようになりました。年金もフリーランスで厚生年金期間がほとんどないことを考えると、老後に貯蓄2,000万円必要と言われるとなかなか難しいなと思うし、働き方改革の中で非正規雇用やフリーランスの話はたびたび話題に上がるし、精神疾患のことや未婚で頼れる家族がないこと、なんかも含めると、ああ、なんか気がついたら社会問題のど真ん中にいるのではないか、という気もしているのです。

思えば30代は、ただ仕事をする、というだけでなく、社会問題の解決とか、ソーシャル・ビジネスとかに興味を持って、商売を超えて、地震防災のことや社会的養護のことなど、社会問題と言われるものにどういう風にアプローチしてどういう風に解決し得るか、ということに時間を使っていたように思います。ミイラ取りがミイラになった、みたいな話でもないと思うのだけれども、昨年の38歳の統合失調症の再発を引き金に状況がガラリと変わったなあという気がします。

案外、簡単にそういう状況になっちゃうんですね。それに驚く。

体調を崩すまでは、割と順風満帆だったと言えて、それなりに稼いでいたし、楽しく日々を過ごしていたけれども、体調を崩して、自分の置かれた状況に目を向けると、最近、顕在化して来た色々な社会問題の予備軍にしっかりなっているなあ、という気がするんですよね。しかも、統合失調症は100人に1人がなる病気と言われているし、そうすると世の中的に度合いの違いこそあれ、似たような状況に置かれる人は少なくないのかもなあ、という気がします。

割と今はケロッとしているのだけれども、1年前の体調が悪い時は幻聴がひどく、幻聴って聴こえないはずのものが聴こえる、くらいに思われがちだけれども、実際は、スーパーや駅やバスのアナウンスが自分に関わりのあることのように聴こえたり、人混み避けてグリーン車に乗ってもグリーンアテンダントの人がおかしなこと言ってるように聴こえたり、イオンを通り抜けてても売り場のテレビから流れる音が自分のことを言ってるように聴こえたり、挙句の果てにイヤホンで音楽かけてもそこに知り合いの声が入り混じってきたり。八方塞がり。そういうことが病気の症状としてあることを思うと(個人差あるにしろ)、内向的で外に出づらいみたいなことだけじゃなく、外に出るのしんどいよなあ、となる人もいることも理解できるわけで。

来年40歳になるけれど、8050問題みたいな言葉を思うと、次の10年が結構大事で、少しずつ、50歳に差し掛かる時の避けたい状況、というのが見えて来ている昨今でもあるので、よくよく考えないといけないなという気もします。

まあただ、自分が良くなることが、社会を良くすることだ、みたいな言い回しがありますが、おそらくそうであろうという気もしていて、僕のようなケースでもきちんともう一度仕事や暮らしをビルドアップできること、それが広義の社会問題の解決にも繋がっていくんだろうと思うんですよね。勿論、自分が直接的に関係ない社会問題というのも他にもたくさんあって、それはそれで大変だろうなあと思うけれども、自覚的になることが増えた、というのは確かであって。

いずれにしても、最初に戻るけれども、テレビのニュース見て、自分が社会問題の一員だ、ないし予備軍だ、みたいに思う感覚というのは、これまでにあまりなかった気もしていて、ただ、漫然と過ごすよりは、40歳を前に、そう言ったことが目の前に社会問題として提示されたことも価値があるような気がしていて、袋小路に迷い込まないように、社会問題の解決の前に、個人の問題として一つ一つをクリアしていかないといかんのだろうな、という感じがしています。

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