2019/2/28

退院、早半年 – 回復と生活と仕事と宇多田ヒカル

僕が退院したのはGoogleカレンダーに8月29日とあるから、気がつけばもう退院して半年の年月が経とうとしています。思い起こせば、酷暑の夏、1日のほとんどは空調管理された病棟内で過ごし、1日に2時間ほどの散歩の時間で陽の光に当たったり風が肌を走るのを感じたりするのが、とても貴重に感じた日々でした。裏高尾の夕焼けを眺めるのが晩飯前の楽しみでした。

家を決めて、一人暮らしを始めて、ETのクロージングをして、個人事業主として開業して。短い期間でしたが事務手続き含めやらなければいけないことは多く、何だかあっという間だったなあという気もします。幸いなことに2月はこれまでの月に比べかなり忙しく、仕事が回り始めたなあという実感がありました。

何だか半年を経てようやくスタートラインに立ったかな、そんな感じもしています。

回復、という言葉があります。ホイミ。人は傷つき力を削られ、しかし、何がしかによって回復する。自己回復力とか自己治癒力って「レジリエンス」という言葉が使われるけど、まさしく自らのレジリエンスを試させる期間でもありました。

回復にも色々あるのだろうと思うのです。22歳の頃、僕が回復できたのは1つは「文章を書くこと」。ブログを始めて、毎日のように文章を書きました。もう1つは「ラグビー」。大学の後輩の練習のお世話になったりして、自分ができることを取り戻す作業をしました。

そういう意味でいうと、今回はもう少しギュッと詰まっているというか、そんなに文章も書かなかったし、そんなにラグビーもやらなかった、です。そのかわり、日常の生活、例えば料理とか、掃除とか、洗濯とか、そういう日々の家事をきちんとすること。それから、やはり仕事、ですね。25歳の開業は、それまでにリハビリに3年かかっていたし、本当に無手勝流だったけれど、14年を経て勝手知ったるフリーランス生活、だったので、早く仕事の基盤づくりや準備に取り組むことができました。

学生の時に自分を取り戻すという時に、そこに「生活」や「仕事」ってまだあんまりなかったんだろうと思うんですよね。今回はそれが経験値としてあったから、自分を取り戻すのが早かった、そういうことではないかなあと思います。生活と仕事が回せてれば、とりあえず社会人って言い張れるじゃないですか。少しずつ良い感じになって来たので、次の半年はこれを定着させて、継続できるようにする、そういうことじゃないかなあと思います。

なんか精神疾患って言うと、仰々しい精神的な解決を期待されるのかも知れないけど(なんだろうなんかトラウマを乗り越えるとか、スティグマがどうだとか、そういうの)、あんまりそういうんじゃなくてですね。やはり、休んで、整理して、綻びをほぐして、形を整えて、道筋を正す、みたいなことじゃないかなあと思うんですよね。自分の整理整頓というか。実際、退院後は治療と言っても数週間ごとに15分程の面談があって、後は言われた通りに服薬するだけですし、どちらかというと大事なのは丁寧な休養、ということなのだろうと思います。

まあでも整えるのに、半年かかるということだろうなあ。これは絶対に必要な期間だったろうと思います。一人で考えることもあったし、人と話しながら整理することもあったし、身内とも逐次状態を確認していたけど、やっぱりとても大きく崩れた後には、しばらくの小休止は必要だし、アクセルを踏むにも、徐々に、段階的に、である必要がやはりあったなあと思います。

なんだろうだから、こういう回復期に必要なのは、なんか「粘り」みたいなことじゃないかなあという気がしますね。できるだけ無理せず、無理なく、を欲張らずに、少しずつ高めていく、みたいな時間的な粘りというのだろうか。

気候も随分穏やかになって来たけれど、去年の夏は、季節外れの雪解けの歌をずーっとずーっと聴いていました。コーラスに「大丈夫」と入れた宇多田ヒカルさんはやはり天才なのではないかと思うのだけれど、周囲に「大丈夫だから」と言われても、「大丈夫じゃねえよ」と思うしかなかった僕が、徐々に「大丈夫だわ」と思えるようになった、そのプロセスでリピートしていた曲です。それから秋も冬もずっと聴いていた。

春よ来い。

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