2018/10/16

今考える #glocal – 暮らしの総体としての社会

Glocalって言葉聞いて久しいですよね。GlobalとLocalでGlocal。僕の中で今すごい熟して来た言葉という感じがしていて、作文してみようと試みています。なんかたまたま昨日読んだ記事が気になりまして。

来ないでください。|平田 はる香|note

これとても良い記事だと思っていて、書いてる方の真摯な姿勢が伝わってくるし、真剣だし、強いメッセージだし、優しさにあふれているし、という。一方で、だから、ローカルのことをテレビが参照するマス→ローカルのことって毎日テレビをつければ必ずどこかでやってるんですよね。美味しいお店とか、特にだけれども。僕もそういう話好きです。

ただ、Glocalという時に、視座はちょっと違う気がしていて、ローカルの特異点が、グローバルに影響を与えているとか、そういうことじゃないかなあと思うんですよね。例えば上のケースだったら、長野のお店が全国の感度の高い生活者に支持されて、フォロワーを増やしているというような。糸島で行われてること面白いなーとか、飛騨で行われてること面白いなーとか、石巻で行われてること面白いなー、っていうのは、インターネット、SNSを通じて広まってますよね。それが立体的に他の土地に作用する、みたいなのをGlocalというのだろう、という気がします。

だから、なんかローカルで起こることが社会を変えるみたいなことじゃないんだな。ローカルで行われることが、いくつかの他の地点で共鳴、共振するというような。それが全国そこかしこ、日本人そこかしこで起きていて、1億3千万人の関心事にはならねど、感度の高い共振とか、感度の高い共鳴みたいなのがある。メディアに取り上げられるのは、ファーストムーバーの声が大きい人になりがちだけど、第二第三、フォロワーはどんどん生まれていて、その辺、散歩していると、そんな共振、共鳴を感じるようなことたくさんありますよね。

ああ、あそこで大事にされてることは、ここでも大事にされているとか。或いは、あそこでなされた工夫は、ここにも既にあったというような。

土地には家が建ち、家に人が根を張り、そこで生活が生まれ、日々の営みが行われていく。社会の組成を、そういう風に理解できないかなと。人の暮らしの集積、その総体として社会がある、というような。そこには経済も商業も教育も仕事もあって。新宿の朝の出勤ラッシュも暮らしの総体だし、坂道を電動アシスト自転車で子ども2人乗せて悠々と上がっていくお母さんの姿も暮らしの総体だし、スープカレー屋さんで開店前から行列作ってるのも暮らしの総体で。もしかすると、それって民俗学的、ということなのかも。

そういう中で昔ながらの文化を大事にしたり、古いものを再生したり、野生の獣や草木を暮らしに活用したりって、いつの間にか当たり前じゃなくなってしまった昔の当たり前を再構築してる人たちに注目が集まったりもするわけで。

そうなのだよな、宮本常一っぽいのかも。今、面白いと思う、Glocalの話って。

暮らしが変われば、その総体としての社会は変わるのか、どうなんだろう。

なあんかそんなんも面白いんじゃないかなと思いますね。

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