2018/8/12

A Freelance, Once Again. – 何も捨てない、何も盛らない – 加藤康祐企画設計の話

Webデザイン。僕が仕事を始めた18歳の夏には何だかとても真新しい響きでした。1998年、New Yorkから帰って来たその年、僕は日本に飢えていました。その時出会ったのが、d-plugという会社でした。何もかもが新鮮でした。IT革命やネットバブル、ビットバレーやインパク(インターネット博覧会)なんて言葉が踊る中、デザイン事務所のパートタイムアシスタントとして色々な経験をします。時に寝食を忘れたし、「広末より忙しい」なんて言われたけど、楽しかったなあと思い起こします。

あれから20年。2005年に独立して開業した個人事業、Experience Transportersはサブプライムや東日本大震災などを経て2012年に法人化され、株式会社イーティーとなりました。そして2018年、今年その役目を終えて解散します。英語では10年をdecadeと言うけれど、この2 decadesを以て、一つの時代の終わりかな、そんな気がしています。

38歳。アーリーリタイアというにはまだ少し早い気もするけれど、「生業を変える」にはぎりぎりの年齢のような気もします。イーティーは良い意味でも少し悪い意味でもWebデザインの会社だったけれど、なんかこれからはもっと土地に根ざしつつインターネットを活用したglocalな仕事を作っていきたいなと思っています。

これから住もうと思っている八王子には可能性を感じています。居住性だけでなく、甲信越への玄関口で市内の交通網も発達しており、緑も多く、農業や畜産業も盛んです。変化に富んだ歴史ある商店街も残っているし、学生も多い、しかも、多摩美や東京造形大など、僕の憧れだった美大も多く、ラグビーのグラウンドもいくつか良いところがありそう。八王子市長は「攻めのまちづくり」を打ち出しており、駅前開発が急ピッチで進む一方、古くて良いものを残そうという動きも活発みたい。特に八王子の南口はまだまだ街の「再生余地」がありそうな気がしています。

そういう中でまちづくりのみならず、マイノリティやダイバーシティなど、これまでソーシャルセクターで取り組んで来たことを意識しながら、自身の経験も踏まえてET以後を進めていくこと、それが僕自身がもう一段自分の生業をステップアップさせる、ということになるのではないかと思うのですよね。

有り体に言うとETの看板は僕にとっての「誇り」でした。本当によく闘ってくれたなと思います。涙が出る。

新しい「加藤康祐企画設計」という名前、気に入っています。どストレートで逃げも隠れもできないから。株式会社を手放して、もう一度、責任ある仕事を作っていこうという時に、とてもふさわしい名前だと思うんですよね。

なんかまた希望のある話を作っていけるのではないか、そんな風に思っています。


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ひとり仕事: フリーランスという働き方
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