2018/3/29

場と自浄作用 – テレビのスタジオ、喫茶店、グリーン車、或いは美しい村

テレビって皆さん好きですか?どうですか?実は僕、15年ほど、ほぼテレビを観ない生活をしていたのですが、最近ようやく観るようになりました。テレビ局や広告代理店には知人や先輩、後輩もおり、嫌いなわけではなかったのですが、元々テレビに噂されている感覚、が僕が昔体調を崩した一因にもなっていて(これ症状としてはあるあるなんだけど)、無理に観ずとも良かろう、ということで長年インターネットの人でした。ただ、知り合いやプロジェクトがテレビに登場することはままあり、あと教養番組とか好きなので、nasneで撮り溜めてMacやiPadで観れるようになっています(我が家は家電としてのテレビはないのです、まあ何を以ってテレビというかという話ではあるのですが)。とりあえず、ニュース番組とかから始めてみています。

最近、面白いなって思うのは、テレビのスタジオというところにはテレビのキャスターがいてゲストがいてテレビに映らないディレクターや他のスタッフ人たちもいて、1つの場ができあがってるんですよね。という時に少しおかしいこと言ってる人がいると、他の人がいやいやでもこういうことらしいよとか、それこういうことだよとか、いやそれ違うんじゃないのみたいな風に修正と改善が働いて、ああじゃあもう普通にやらないとダメですね、みたいな自浄作用みたいなのが場に働く。あともしかしたら、外からのクレームや意見みたいなこともあるのかも知れませんね。ここのところ、テレビ観ながらしばらく、そういう場の自浄作用が働くのを観察してるのが実は面白かったのです。

同じことが喫茶店にも言えます。電車内の会話にも言えます。例えば、女性のいるカフェでふさわしくない会話を大声でしている人とか。子どもがいるグリーン車でふさわしくない会話をしている人とか。そういうことって、なんか明確に誰かが否定しなくても、何となくそれっておかしいよね、ということが場の雰囲気で正規化されていく。圧倒的にまともな人の方が世の中多いので、大抵の場合、こういうケースでも場の自浄作用が働きます。

自分が住んでいる東戸塚でもそう。ざっくり言うと、昼と夜で東戸塚の人というのは入れ替わります。多くの人は都内や横浜などに働きに出て、代わりに東戸塚で働く人たちが多くはないけど入って来ます。Patagoniaの本社が東戸塚にあるのなんかは知られざる事実。住んでる人の良識、外から入ってくる人の良識、ちょっと違う、ということもしばしば。なのだけれど、多くの人は良い街にしたいと思っていて、だから、住んでる場所にも正しくあろう、という自浄作用が働きます。

以前、釜石の福祉施設にPC研修でお邪魔させていただいた際に、遠野のNPOの方にこんなフレーズが書かれた絵葉書をいただきました。

美しい村など初めからあったわけではない
美しく暮らそういう村人がいて
美しい村になるのである

柳田国男の言葉です。また、以前、カナエールのボランティアの方がこんな言葉をブログで紹介していました

私たちのほとんどは、ネルソン・マンデラが経験したほどの厳しい試練に直面することはないでしょう。しかし、誰にも困難や危機、失敗や絶望は必ずやってきます。どんな状況下でも、自分の道を切り開いていくための「鉄の意思と必要なスキル」を磨き身につけることは、私たちすべての人間にとって生涯通じての課題です。そして、子ども達が同じようにそれを身につけられるように、私たち大人ができるだけのことをするということは、子どもたちと「村」に対する生涯における責任です。

『It Takes a Village』というヒラリー・クリントンの著作の引用だそうです。最近、改めて大事だなって思う倫理とか節度とか、或いは美しさみたいなことって、なんかこういうところに帰結するのかなって思うんですよね。

場の美しさ、みたいなこと。

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