2018/3/26

ロールプレイとゲーミフィケーション – 社会実験の負の側面 – 社会不安と倫理と品位

ロールプレイというのをご存知でしょうか。一般の人にはRPGとかが知られていると思うのですけど、違う立場の人に置き換えて演じてみるというのがあります。日本語だと「役割演技」って言ったりします。他の立場の人がどういうことを考えて行動するか、実際にやってみて経験する、という意味では僕がやっているUXデザインとほど遠くないかも知れません。あと、あたかも起こっていない前提をあることと仮定して演じるとか。

もう一つ、ゲーミフィケーションというのがあります。これはどちらかというWebサービスとかITの用語で、サービスをゲーム的な娯楽として設計するみたいなことです。僕はゲームはやらないのですが、2010年代になって聞くようになった言葉かな、という印象があります。例えば、位置情報サービスでチェックインするとバッジがもらえてそれをコレクションするのを楽しむ、みたいなこともゲーミフィケーションですね。

今日はこの2つの功罪の話をします。

例えば、テレビでよくある出演者の様子を映す小さなウインドウ、ニュース番組やバラエティでもよく見かける手法ですね。あれ実は結構危うくて、あそこで人が日常的に使わない言葉やあらぬ噂話をしていると錯覚すると、それだけで自分が攻撃されている感じや、誇大妄想の世界にいる感覚に陥って、おかしい思考に苛まれる、みたいなケースがあります。

また本来、お店での売り買いのやり取りは平々凡々に進むはずが、何か隣の人が不思議なことを言っている、と思うと、何か自分も言わねばならぬことになるのではないか、という錯覚を覚えます。本当は商売のやり取りなんか普通に気持ち良くやれば良いのですが、現実世界であり得ないことがおきていると思うと、健全な精神を苛まれます。

こういうことって、どんなことを生むかと言うと、例えば、子どもが変な言葉を覚えたり、精神疾患を抱える人が増えたり、そこから育児放棄や虐待が生まれたり、みたいな可能性があります。

うちの母校に社会実験という言葉がありますが、社会実験の負の側面ってあって、ロールプレイやゲーミフィケーションはしばしば深刻な社会不安を招く可能性があります。本来人間が持つべき倫理や品位が乱れたり失われる可能性がある。なので社会実験は極めて慎重に設計されなければならない。情報にかかることは尚更。

最近何かそんなことが不満だったのかな。割と色々見えて来て、社会実験、特に情報とかコミュニケーションにかかることって、極めて危ういなあ、っていうのが最近の実感です。

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