2018/2/28

何を書こう? – Here Nowの連続性について

ブロガーとかやってると(なんか死語っぽい)、実は毎日シンプルな問いかけをもらいます。「何を書こう?」ということです。白紙の画面に向かって、「何を書こう?」そう考える時間があります。それは例えば「明日はどんな日だろう」とか、「今日は何を着て行こう」とか、「今日は何を食べよう」みたいなことと同様に、極めて日常の問いかけとして、今日は「何を書こう?」という問いかけがあります。

正確には。「何を」はWhatですが、実際に何かを書こうとすると、そこには5W1Hがあるでしょう。記事を書く、なんで?どこで?いつ?なにを?だれが?どうやって?ストーリーを紡ぐ時に日常の風景や思索をどう切り取って、記事を認めるか。なんかすごい風流に書いていますが、でもなんかそういう「何書こっかな」みたいな時間があります。

何を書こう?

1つは今、経験したことを書いておきたいというのがありますよね。こんなお店が良かったというのを皮切りに(余談ですが、子どもの頃、料理バンザイ!のたまに行くならこんな店というコーナーが好きでした)、こんなイベント行った、こんなところに出かけた、こんな本読んだ、こんな音楽が今アツいなど。

また過去を振り返って物思いにふけることもあると思います。子どもの頃にこんな体験をした、こんな研究をしていた、こんな仕事の経験が面白かった、ちょっと失敗したことがあった、などなど。何か文脈を作る時に、振り返って反省したり追憶に喜んだり美しさや味わいを思い起こしたり景色を瞼の裏に再現したり。そんなんで書けるものもある。

そして未来を描くこともある。すごく遠い未来のこともあるし、すごく近い未来のこともある。世の中こうなったら良いな、こうなんねーかな、こうやったらできるかな、みたいなことを考えることも多い。そのために自分ができることを探す、その仮設構築のための方法として、文章を書く、ということがあったりもします。「未来はこうなる!」みたいなコミック誌の付録のイメージですね。

Here Nowの話

最近、思うのはメンタルトレーニングとしてHere Nowを捉えるより、今のこと、過去のこと、未来のこと、たくさん書き起こし蓄積すること、ってダイアローグや瞑想などと比べても実は価値があるんじゃないかなあと思うんですよね。引き出しがいっぱいできて、いつでも自分の立ち位置を言語的に捉えることができる。あーそれ前書いたんだけど、ってことが人生にたくさん出て来る。

自ずと自分の主体が量の訓練で見えて来るということ。

そんな風に思うとちょっと余裕のある時間を見つけては、ああでもないこうでもない書いてみる、ってとても大事なことじゃないかと思います。

書きまくろう

11月にこんな記事を書きました。ちょっとプロジェクトに関わって来た人たちへ読んでもらうリマインドをお願いしたところだったのだけども。

カナエールとは何だったのか? – 124人と3万人、5,000人と1億3,000万人 : Life is Prototyping

当時、これまでと今とこれからを振り返った内容、ストックしたら、まさしく今使うタイミングになった。つまり、時間の経過において、過去と今と未来は常に連続性を持っていて、それをただ流すのではなくきちんとストーリーとして蓄積しておけること、言わばHere Nowの保存、あるいはHere Nowの標本化が必要なんじゃないかと。そしたら、「開く」とか「最近使ったファイル」から開けますよね。

何を書くか今日あんまり浮かばなかったので、何となく何を書こうと考えるとはどういうことか、みたいなことを書いてみました。などなど。

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