2018/2/13

読みながら書く、聞きながら話す – 良いコンテキストの紡ぎ方

先日、会議の打ち合わせを最近手に入れたYoCamで録画したものを、エンコードしてYouTubeにアップして共有できるようにしなければいけなくて、さくっと見返していたのですが。自分が話しているところが想像以上に奇妙で、なんかオーケストラの指揮者みたいになってんですね、手振りがw。なんかそれで俺何考えて喋ってるのかなあとふと思ったんですけど。

読みながら書く

最近、なんかブログ書く量、増やしてるんですが、僕、文章打ちながら、小さく口動かしながらタイプする癖あるんですよね。タイピングしながら文章うっすら読み上げてる。これ結構大事じゃないかなあという気がして、文章書きながら読めてると良い文章になる気がします。あんまり書き終わった後に、文章大きくいじったりしない人なので、書きながら咀嚼できるようになってるか都度確認しながら、ってのが大事な気がしました。

あとやっぱり、読みながら書くと、文章にリズムが出る感じがしていて、読みやすさみたいなものって、口にしやすさにもよるところが大きい気がして、思っていることを書くには違いないんだけど、誰かに話すように書けるかどうかってのが必要なのかな。僕割と文章書くの早い方だと思うのですが、スピード感も出るかも。

聞きながら話す

こちらが本題。なんか自覚症状あるんですけど、結構難しいこと話そうとしてしまうんですよね。学術的に難しい話しようとか、論理的に難解な話しようとしているわけじゃなくて、何かこう頭の中に絵を描いているのです。で、自分が喋るタイミングでそれを話すわけなんだけれども、思っていることただ言ってる時と違って、誰かに頭の中にある絵を伝えようとする時は、自分の話してることをちゃんと聞いてないといけない。それできないと、自分で何言ってるか途中でわかんなくなっちゃうんですよね(そういう時もある)。

今、ささっと描いたスケッチのどこを説明していて、どこまでは理解できてて、どこが説明不足で、何を共有したいのかみたいな。話しながら自分の言ってること聞いていて、何となくわかったなってところで話を終えるわけなんだけど、たまに不安になって、言ってることわかる?って相手に聞くことままあります。なんかそういうところある。

メタ認知より、自分自身が良い読み手、良い聞き手であること

自分の今の状況を第三者的に見る、というメタ認知視点より、こういう場合は、どちらかというと、自分自身が良い読み手、良い聞き手であること、自分に伝わるように自分が理解できるように、書く、話す、ってことが大事なのかなあと思うのです。自分が受け入れられるような書き方、話し方をするという。なんかこの辺、感覚値ですけどね。あんまり自分が受け入れられないような書き方、話し方をして、人に受け入れられる気しないものな、よくよく考えると(今、気づいた)。

まとめ

どうまとめよう。自己と対峙せよ、みたいな話でもなくて、自分を説得したり、納得させたりできずに、相手にそれ押し付けられないってことかな。この説得力とか納得感を確かめながら書いたり話たりする、というのが、読みながら書くとか、聞きながら話すとか、言うことかも。特段これまで意識してなかったけど、なんかそういうことがあるような気がしました。

しかし、肝心のエンコードのやり直しが終わらない。夜が更けていく、という夜。

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