2018/2/11

社会的病識を作る

これなかなか難しいテーマで、僕も長い期間経って少しずつ言葉にできるようになったテーマではあるんですが。色々な人が色々な心身の悩みを抱えているように、僕も少し抱えているものがあります。ここは、カナエールのWebに昨年書いたものが案外一番すんなり読めるかも知れません。

僕がカナエールを手伝う理由 「皆でやることだからこそ、1人1人がどれだけできるか」 | カナエール 公式Webサイト

僕のスタンスとしては特段大きくカミングアウトもしていないが、特段隠し立てもしていないという按配でして、ビジネスでもプライベートでも案外言っちゃってるので、割と懇意にしている人たちは皆知っていることではあります。今は15年前に統合失調症という病気で体調を崩しました、という事実だけある。立場上というか、こういった病気の相談だったり、そうなった人とどう関わるかとか、どうサポートするかみたいな相談を受けるケースもままあり、なんか少し僕の経験も人の役に立つこともあるかなあと思い、書いてみることにしました。

病院ということ

まず病院ということですが、のっけからここにかなり誤解もあるような気がします。病気の急性期、自分や他者を傷つけてしまいかねない状態になっている人には、拘束せざるを得ないこともあると思います。思考が間違った方向にエスカレートして暴走してる人には、薬で思考力をぼんやりさせて暴走を食い止めることも必要だと思います。勘違いされることも多いのだけど、この手の病気って風邪を風邪薬飲んで直す、みたいなことじゃないんですね。落ち着いた状態と静かな時間を取り戻して、神経の過度な緊張や、混乱した思考のもつれや、極度の執着や思い込みを、自分でゆっくり解きほぐしていく、そのための「状態」を作ってあげるのが病院で、実は自分との戦いだったりします。なかなか周りが君の言っていることは間違っている、と指摘したところで、それは受容できない。かと言って、それはそれで良いんだよ、みたいな話だと、回復もできない。病識がきちんとでき、そこから1つ1つ自分が抱えている問題を解決していく必要がある。まあなんというか、悟りを開く作業に近い。

実際、病院に連れて行くというのは難しい判断です。なんか連れて行っちゃいけない感じがしたり、なんかそれは諦めのように思ってしまったり。この辺、世の中的にそういうことは相当数あって(一説には100人に1人くらいにあると聞きました)、病院に連れて行くって自分が責任を放り出すわけじゃないんだ、ということに対する理解が必要なのかな。対処は早ければ早い方が良いわけで、判断の難しいところはあるけれど、病気への理解が進むと同じように、病院に対する正しい理解が進むことも重要。看病という言葉がありますが、本人だけでなく、周囲もとても疲弊するものです。病院にも問題は色々あるのかも知れないけれど、ここを信じられるかどうかで、とても楽になるんじゃないかな、ってことも確かかなと。この辺、大事なんじゃないかなあという気がする。

薬ということ

薬、15年も飲んでるというとびっくりされることがあります。「薬を飲んでるってことは、治ってないんじゃないか」という誤解があるからです。これよく考えると論理的におかしくて、薬飲むの止めるのなんて簡単にできるわけですよね。飲むの止めれば良いんだもん。病気が治っているかどうかということはあまり薬を飲んでるかどうかということに関係なく、とは言え、病気が治ったかどうかの判断自体が難しい病気であることも確かです。

僕なんかは完全に予防だと思っていて、この15年、ラグビーもやってましたし、仕事もなかなかタフですし、酒も結構飲んでますw。その一方で薬は飲み、定期的に病院に通うことは続けていて、だから万が一何かがあった時にも、すぐに対応できるような状況に自分を置いています。そういう自分を経過観察できる状態を確保しながら、体動かしたり、頭働かせたり、遊んだりしてるわけ。これって自分にかけれる保険なんですよね。「薬、やめればいいじゃん」とか「薬に頼らなきゃいいじゃん」みたいなことはあんまり外の人が言わない方が良いのは確か。ライフプランとか、マネープランみたいなことと同じように、社会復帰プランとか、回復プランってあって、そういうのの大事な保険になるし、だから武器になるんですよね。ものは考えようなのだ。

とは言え、厄介なことはある

まあそれでも厄介なことってあって、僕の場合はちょっとストレス過多になると例えば睡眠障害みたいなのが出ることがあって、それが昔体調を崩したことと無関係とは言えないと思っています。僕の場合は、金縛りとか、頭内爆発音症候群とか。ただ、そういう体の異常に慣れてると、疲れてるからちょっと休もうとか、リズムが乱れてるからちょっと整えようかとか、割と普通に対処できるようになります。この辺は踏んだ場数が、という話かなあと思います。

後はやっぱり気をつけて制御しないいけないこととかあって、僕とか「怒り」とか「緊張」みたいなものには慎重に対処しないといけないなあと思っています。この辺は結構厄介で、まあ昼寝すれば大概のことはおさまるのだが、人と密にやり取りすることも多い仕事なので、抱え込み過ぎないように気をつけています。一人で仕事してるから溜まらないストレスと、一人で仕事してるから溜まるストレスってある気がして、まあその辺もトレードオフだから、結果的にはうまいことやるしかないのだろうなと思いますよね。

まとめ

何をまとめるのか、という話ですが。僕これ一つ必要だなあと思ってるのは社会的病識を作る、みたいなことかなあと思うんですよね。こういうことって案外教育でも学ばないから、身近な人がそうならなるまで知らない、ってこと多いんですよね。それだとやっぱり対処が後手後手になってしまうというか。そのためには、当事者の話が少なからずオープンになることも必要かなあと思うけど、なんか世の中に正しい理解が醸成されていくことも必要かなあと思います。

そんなわけで書いてみた。ご参考になると幸いです。

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