2018/2/10

緩やかな負荷集中の薄め方

関係ないじゃん、ってあるじゃないですか。世の中には社会問題というのがあるだけではなく、実はそこでそれを解決するために活動してる人がいて、そこには社会的負荷の集中ということがあります。まあよく考えると当たり前ですよね、皆それぞれ仕事を抱え、家族を養い、負荷があると。ただ、得てして根深い社会問題のところには、負荷の極端な一極集中というのがあり、そういうのを薄めていくって、問題の直接解決じゃなくても、間接的な解決になるんじゃないかなあと思うんですよね。

一例を挙げると、東日本大震災の後、現地のお坊さんたちが、色々な人の悩みや辛さを打ち明けられることで、精神が疲れ果ててしまったケースがあり、そういう人たちのサポートが必要だという話を聞きました。こういうことっておそらく多分色々なことにあって、言わばブラック企業みたいな話もあるけれど、決して経済的に有利な職場ではなくとも、ある種の強いモチベーションでハードワークしている人たちというのはいて、そういうところに少なからず疲弊はあると。

一方で、とてもカジュアルに負荷を分散させることもできるのかなって思うんですよね。一番簡単なのは寄付かな。先日の台湾の地震があって、寄付の情報などもSNSで見かけたのですが、あまりきちんとニュースを読めておらず、そう言えばと思い、楽天のポイントを溜めていることに気付きました。検索してみたところ、楽天がポイントから台湾の地震のために寄付をするような仕組みを持っていて、こういうのはYahoo!が先鞭だけど(Tポイント溜めてない)、フローもスムーズであっという間に寄付完了。

地震の被害の直接解決に働きかけるのはなかなか大変だけれども、寄付くらいだったらできる。そういうのは大事かなあと思うんですよね。

こういうことの手段ってもしかしたらまだまだ工夫の余地があるのかも知れないなって思います。特に突発的な自然災害への対応と比較すると、まだまだ定常的に存在する社会問題における負荷分散は、十分とは言えない気もしています。僕は割と直接支援より間接支援に関わることが多いけれど、問題解決を社会に馴染ませるというか、広く浅く社会に問題解決を薄めていくみたいなことって、一つ社会問題の啓発啓蒙とリンクしてくるようなことだと思うのですよね。関わる人が増えることによって、負荷が薄まっていくというような。

ただ、ある程度、カジュアルな方法でなければいけない。皆が直接支援に向かおうとすると、それはそれで加圧になる可能性もあります。

社会問題が話題になる、社会問題が議論になる、それも大事で、そういうことで社会が変わったり、法整備されたり、社会システムの再設計が行われたりということも大事。ただ、民間の領域の工夫でやっていけることって、そう言った負荷集中を薄める作業なんじゃないかなあという風に最近考えています。一部の人だけが必死にやっていてただ周囲からは見えない、っていうのはある意味での社会問題のタコツボ化、のような気がして、それはそれで問題になりそうだよなあっていう。

ここ10年くらい色々な方法論が試されてきた気がするけど、まだまだ工夫はある気がしていて、ただ、どういう工夫が必要か考える時に、社会問題をタコツボ化させずに、負荷の極端な一極集中から、問題解決を社会に馴染ませ、負荷を分散させていくような仕組みづくり、って税金以外にも為されていかないといけないのではないかなあと思います。

そういうことを自分の頭を働かせる領域、って考えるのもありかなあと。で、そういうのが問題の根治に繋がっていけば良いなあと。

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