2018/2/9

日常とネットと「すげー」

血も涙もないやつだとか(嘘)、人を笑いながら殺すやつだとか(嘘)、よく言われますが、日常の身近な感覚で大事にしたいものってなんだろうなあと。感動するとか、涙するとか、楽しいとか、嬉しいとか、悲しいとか、なんか色々あるけれど、最近、何が一番日々の生活に欲しいものだろうと考えた時に、実は「すげー」なんじゃないかな、と思ったんですよね。

特に最近はインターネットやSNSで日々色々な情報が入って来て、色々なことを思うけれど、やっぱり「すげー」と思える何かに日々出会えるってことが素晴らしいんじゃないかなあという気がしました。

そう言えば、インターネットを始めた頃というのは、インターネットそのものに「すげー」と思っていた気がします。例えば、2 Advacnced StudioのWebとか、Eye4UのWebとかのカッコよさに打ち震えていた気がします。意味わからんと思うのですが、2001年のEye4UのWebのキャプチャをYouTubeで発見したので、貼っつけときます。こういうの見てウキウキワクワクしながら仕事してました、学生時代w。

2 Advanced StudioのWebも見れるインタビューあった。

今はというと、平たく言うと「コンテンツ」に「すげー」と思っていることが多く、例えば、写真だったり、映像だったり、ブログ記事だったり、お知り合いのご活躍だったり、何かの成果発表だったり、なんかホント、毎日何かに「すげー」と思えるような時代になったんじゃないかというのと、なんかその「すげー」と感じたことをアウトプットする出力先として、SNSっていうのがあったりして、日々の驚きをきちんと消化して共有できるようなスキームができたよなあと。

なんかポジティブというか、テレビ観なくなったんだけど、ニュース性のないものにも割と「すげー」と思うことが多くなったなというか。そういうの面白いですよね。人が驚かせたり感動させたりしようとしてないのにこちらは「すげー」と思わされてたりもするわけで、それはもしかすると自然と対峙するような感覚に近いのかも知れません。

昔から、「巨人の肩の上に立つ」って言葉が使われるけど、日々感じる「すげー」って、やっぱり自分の一つ一つの仕事で「すげー」を作っていこうというモチベーションにも成り得ますよね。「すげー」「すげー」と連呼しながら、自分も幾許か「すげー」を作ろうとすること。

日々の成長、ってなんかそういう日々の「すげー」という感動と、自分も「すげー」をやろうとする向上心と努力みたいなのでドライブされていくんでしょうね。一人切磋琢磨みたいな。

昔はなんかとても偉大なロールモデルを見定めて、それを目指して山を登っていくみたいな感じだった気もするんですけど、今は何か日々「すげー」と出会ってる気がしますね。写真だったり、映像だったり、料理だったり、イラストだったり、言葉だったり、文章だったり、何だり。

と思うと「すげー」時代。

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