2018/2/7

大きな地図と小さな物語 – 「社会を編集するための“小さな物語”の紡ぎ方」に行って来た

昨年来、興味があるとお邪魔しているsoarのイベントですが、今回は「社会を編集するための“小さな物語”の紡ぎ方」というテーマ。望月優大さんと安田菜津紀さんが登壇されると知って、お二方とも興味があったので、行って来ました。当日のメモは例によってTogetterにまとめてあります。

#soar_event 「社会を編集するための“小さな物語”の紡ぎ方」望月優大、安田菜津紀、鈴木悠平、モリジュンヤ – Togetter

大きさ、小ささ

まず、大きな物語、小さな物語、ということですが。これについては、登壇されていた鈴木悠平さんが自己紹介を使って導入していたのがわかりやすかったので、僕も書いてみることにしました。

大きな自己紹介

加藤 康祐。1980年生まれ、慶應義塾大学総合政策学部卒業。学生時代よりデザイン会社でアシスタントとしてWebとデザインの実務を経験。2005年よりExperience Tranportersとして個人事業主をスタート。2012年には株式会社イーティーを設立。CEO / Planner / UX Designerとして、企業、個人、NPOなどの問題解決に取り組む。

小さな自己紹介

コースケ。学生時代は「広末より忙しい」とラグビーのチームメイトに言われるほど、デザイン会社でのシゴトに没頭。大学卒業後、総合商社への内定をいただくも、のっぴきならぬ事情で辞退。しばらく休んだ後、成り行きで友人からの紹介でフリーランスの道に進む。自宅オフィス歴20年(そのうち実家15年)。週末は主にラグビーのグラウンドで土をこねています。

みたいなことですね。これどちらがカジュアルかっていうのもあるのですけど、同じくらいの分量の文章に「小さな自己紹介」の方が複雑さを内包していることがわかるでしょうか。行間になんかありそう的な。例えばこういうことかなあと。同じ1人にフォーカスを当てても、微細に入るかどうか、というのはコンテキストで全く違って来て、小さな物語の話って、なんかそういうことかなあと。

小さな物語の伝え方

例えば、昨年まで携わっていたカナエールを例に取ると、社会的養護、という社会課題があって、カナエールというプロジェクトがあって、社会的養護の子どもという個人がいる時に、子ども1人1人のエピソードがこの場合スピーチとなって、会場で観衆に目に見える形で伝わる。けれども、そこにあったとてもパーソナルで、痛みや恐れや悔しさを内包するエピソードって、そのまま世の中に流布できない、ということがあります。それは勿論、プライバシー、ということもあるのだけど、今回のイベントで感じたのは、登壇者を3万人の子どもたちを代表する1人に仕立ててしまう怖さ、みたいなことがあったのかなと。

勿論、これまで何人もの子どもたちがカナエールというプロジェクトを通じてメディアに出てくれた(出てくれたじゃないのかも、そこは出た、なのかも)けれど、「社会的養護の子どもって、だからこういう人です」という一意が生まれることって少し怖くて、ミスリードや誤解の一人歩きを生む可能性もあるだろうなと。だから、生い立ちや、辛い経験のディテールは極力避け、想いや夢や未来への展望を伝える、そこに対する理解を生むってことが外に広がっていく上では重要なのだろうなと。特に誰でも読めるオープンなメディアに、小さな物語が紡がれていく時、そのデリケートさ、というのはあるだろうなと。

プロジェクトでは、よく「ポップ」という言葉を使っていたけど、その言葉自体が、小さな物語の紡ぎ方の外向けの定義になっていたのかなあ、そんなことを話を聞きながら考えていました。特に今回はカナエールのプロモーションで経験したり、考えたり、教えてもらったりしたことを材料に、話を聞いていた感じがしました。

だから、スピーチコンテストという、サイズ感と、その内と外のコミュニケーションの切り分け、って設計的にすごく大事だったんだろうなと思いますよね。

大きな地図と小さな物語

ところで、大きな物語と小さな物語、という対比もあるのだろうけれど、小さな物語ということを起点に考えた時に、そこに対応する言葉として置かれるべきものって、大きな地図、ではないかと思ったんですよね。プロジェクトをやっていると、そこには色々な役割があって、それぞれがそれぞれに小さな物語を持っている。一方で、皆が共通して頭の上に描けていないといけない絵、というものがある。例えばそれは地図だなと(いやたまたま今日地図にちなんだチラシのデザインの入稿していたからそう思ったのだけれども)。

これはだからつまりマクロとミクロということだったり、ソーシャルセクターにおけるプロジェクトのデザインと対人での個別のボランティアによるサポート、みたいなことかなって思うんですよね。皆が共有して描いていること、一人ひとりがそれぞれに抱えていること、みたいな対比でしょうか。だから大きな地図の確認も大事だし、小さな物語の交換も大事。プロジェクトにあるべきインナーコミュニケーションみたいなものって、この「大きな地図」と「小さな物語」みたいな言い方で語れるかも知れないな、そんな感想を持ちました。

これはもしかしたら、プロジェクトの編集、ということかも知れない。

まとめ

とても良いイベントでした。外に向かっていくコミュニケーション、内に向かっていくコミュニケーション、物語の紡ぎ方という視点で、自分の経験を鑑みて、かなりリアルに色々なことをなぞらえながら聞ける、良いダイアローグだったなと思いました。

最後に、とても気になった言葉あり。「想像力の運動」ということを望月優大さんがおっしゃっていたのですが。これなんですよね、想像力を刺激したり、想像力を喚起したり、想像力を伸長したり、僕らが社会課題を伝えることを通じてまず起こしたいのは想像力の運動なんだろうなと。そしてそれを問題解決のための具体的なアクションに接続する。そこのパスをしっかり描いて、コミットメントを果たしてくれる人、というか有り体に言うと仲間か、それを増やしていく、みたいなことが、社会課題を伝えることの先には必要なのだろうなと思います。

それはこれまで例えば寄附だったり、ボランティア活動だったり、署名だったり、クラウドファンディングだったりしたわけだけれども。そのことのためには、やっぱり「大きな地図」と「小さな物語」の両方を「新しい誰か」に渡せないといけないんじゃないかな、そんなことを考えました。

想像力の運動。

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