2018/1/27

今、書きたいと思うもの – 批評とビール

このブログでは何度も引用していることだけど「批評とは人を褒める技術である」という。小林秀雄の言葉です。高校の国語の授業かな、出会いは。陶芸家のクライアントなんかとの出会いもあって、一昔前の時代の文化人が何を考えていたのか、20代後半にとても興味を持つようになって、そんなわけで、尊敬している人の一人です。

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さて、最近、改めて「批評」を書きたいなあ、みたいな気持ちがあるんですよね。良いものを読んだり、良いものを聴いたり、良いものに触れたり、良いものを観たり、良いものを口にしたり、という時に。小林秀雄って実はしっかり商売人だったんじゃないかなあとうっすら思っていて、だって、お金払って人を貶してるだけの文章なんて読みたくないじゃないですか。批評をコンテキストとして一般の人でもわかる平易な言葉で昇華した、って意味で、商売人だったんじゃないかなあと思うんですよね。

僕自身、やっぱり良いコンテキストを作ろうと思うと、良いところを見つけて認めて褒めて伸ばす、ってことじゃないかなあと思うんですよね。自分は受け手として触媒となる、コンテキストの良さを伸ばす、その上で自分の批評自身もコンテキストとして鑑賞に耐え得る、というような。

批評と批判の違い、って、アートとデザインの違いくらい議論しつくされているんじゃないかなあと思うんだけど、僕がよく幻滅するのは、ダメ出しをして、改善策が用意されていないことです。あら探しをする、抜け漏れを防ぐ、ってのは悪いことじゃなくて、むしろ重要。なのだけど、ここがダメ、という時に、ダメって言いっぱなしになるのは良くない。ダメ出し、って言うのは問題の発見なのだから、そこを指摘したら、問題解決まで自分でやる、くらいの気概持たなきゃダメでしょ、って思うんです。その解決策を探そうとする姿勢がすごく大事。

問題を発見するだけして放置してはいけない。

僕は省エネなので、たまにしかダメって言いません。ダメなものはダメだけど。

最初に批評とは人を褒める技術って書いたけど、ダメ出しのことに関して言えば、ここがダメって言ったら、それを褒められる状態にするまでのパスを描けてないといけないのですよね。よく対案とか言うけれど、これだったら褒めてもらえるんじゃないですかね、ってところまで持って行く。そこの瞬発力が批評には必要ですよね。ここに具体性がないといけない。それができればダメ出しがあっても全体的に人を貶めてることにならない。

最終的に批評が批評そのものとして読むに足る、鑑賞に耐える、ってことがやっぱり大事で、人が人に悪口言ってるのとか全然コンテキストとしてつまんないので、やっぱり面白いコンテキストとしての批評を作りたいですよね。もしかすると、スポーツ新聞とかワイドショーとかの功罪なのかも知れないけれど。

媚びたり、驕ったりするのではなく、褒めよう、という。

よく酒飲んで、新橋のガード下みたいな話ししてもしょうがない、ということ言うのだけど、批判ばっかりしている人はそんなイメージ。

批評とは人を褒める技術で、批評するようにビールを飲めると、世の中平和なんじゃなかろうか(ビールの話にしてしまった)。

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