2016/1/4

SF的な力について – アシモフが描いた50年後

年末、ちょっと漫画でも読みたいなと思って(最近、僕が漫画読むの意外と言われるのですが、結構、漫画で育ちましたし、今でも漫画読みます)Amazon物色しておりましたら、『Apple Seed』というのを見かけ。この辺、全然読んでないよなあと思って(別に読んでなきゃいけないわけではないが)、読んでみました。

1985年から1989年とWikipediaにはあるから随分昔だよなあと思うのだけど、こういうの若いうちに読んでると、未来観とかテクノロジー観みたいなの、随分違ったりするのかもなあ、とか思ったりもしました。HCD(Human Centered Design)みたいなこと言ってたりね、こういう文脈持って育った人とかもいるのだろうなあ、という。

そう言えば、こないだ、引用されてるのはたまに見かけていたけれど、アシモフの2014年の世界博覧会の原文、The New York Timesのサイトにあるのに気付きまして。

Visit to the World’s Fair of 2014

この言わば「未来予測」の秀逸さは先日Wiredが改めて引用していました。

2015年実現したSF、2016年以降実現するSF « WIRED.jp

アシモフ、50年前の予言
アイザック・アシモフの先見性を証明するものとして、1964年に、彼は『ニューヨーク・タイムズ』誌に、50年後の世界博覧会がどのようになっているか想像したところを執筆した。
アシモフの大きな間違いは、世界博覧会が14年に行われると考えたことだろう。だが、他の多くの彼の予言は、恐ろしいくらいに先見性を示すものだった。彼は、キューリグマシン、ルンバ、自律走行車を予見していたのである。実際のところ、これらは科学の足跡を見ている者であれば、誰にとっても明らかではある。彼の文章において真に輝いているのは、酵母菌と藻類からつくられた七面鳥とステーキである。実際のところ、ペトリ皿培養のハンバーガーがつくられるまでには、あと数年かかりそうだ。
しかし、合成生物学を行っている科学者はすでに、あなたの好きな食べ物に対して、主だった風味の多くを再現できるようになっている。アイザックよ、安心してもくれ。わたしたちは、あなたのウイッシュリストからは少し遅れているが、着実に進歩し続けている。

こういう人の心を動かすような未来への跳躍って、なんかあんまりできてそうでできてない感じするよなあと。例えば、以前、児玉君が2020年のトランスペアレントソサエティというのを書いていて、ちょっと原文見つからなかったのだけど、その後、ET Luv.Lab.の取材をしたから、未来観をストーリーとして提示するというレトリックの事例としてよく覚えているのだけど、今年、何が流行るとかじゃなくて、アシモフが1964年に50年後に思いを馳せたような、遠い未来の話をリアリティ持ってできてるかなあ、とか思ったんですよね。

僕も社会人から特に古典SFをたまに読んでいて、ああいう時代の人の発想って本当に自由なようで、その時代の基礎技術と、現在の応用って本当に地続きのものだな、って思わされるようなことあるし、UIデザインの世界だとSF映画を参照するような本とかも出ており。

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まあちょっと目先の事ばかり追うのも良くないよねと。勿論、アシモフのように、「予測」を中長期的な時間軸で的中させずとも説得力のあるものに仕上げるには、それなりに裏打ちするバックグランドが必要だと思うけれど、なんか50年後の世界の話とか、できるような視点も(まあなんか年金もらえませんみたいな話だけだと夢ない気もするし)、何かの借り受けとかじゃなく、持てていたいなあとか思いました。

テクノロジーの進展が加速したから、中長期的な見立てができずらくなった、とは言え、やっぱりなんか50年くらい先の世界観みたいなこと考えられたほうがいいよねえと。85歳くらいでボチボチですかね、くらいの年齢になって世の中どうなってるか、みたいなことだけど(今、35歳だから)。

みたいなことを総じて「SF的な力」と呼ぶことにしようかな、というところまでの話でした。

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