2015/11/21

もう一度、UIデザインの話をしてみる – コラボレーションとそのインターフェイスの話

UX、UX言われます。なんかすごいUXな感じ。UX / UIって並べると、UXとUIは違うんだ、と半ば貶められるUI。ふとUIということについて今一度考えてみたいなあと思いました。最近だと、No UIなんて言葉もあって、これはいわゆるGUI(Graphic User Interface)がないUIってことですね。ハンドジェスチャだったり音声だったり、MachineとHumanを結ぶInteractiveなInterfaceがGraphicalじゃないものに置き換わるという話だと思います。

UIデザインって何の議論かというと、結局、使いやすさ、の議論だと思うんですよね。道具の使いやすさの話。Webとかアプリとかそういうものを想起するけれど、使いやすさって包丁やら剪定ばさみやらアナログな単機能ものもあるし、カメラや本棚みたいなもう少し単機能ではない役割を持つハードウェアもあるし、僕らはそういうものの使いやすさをUsabilityという言い方をして来たわけだけれど、もう世の中のありとあらゆる道具には「使いやすさ」というものがあります。

でもう、ここからUIデザインの話、離れるんだけれど。

昔から「バカとハサミと加藤は使いよう」と言っていたのだけれど、自分を道具と見立てた時に、そこにはやはり「使いやすさ」の議論と、「使いよう」の議論があるのだろうと思います。仕事の上で、僕はしばしば道具だし、ETがクライアントに取っての道具である。ここは多分間違いないなと思います。

この「使いやすさ」と「使いよう」って言うのは意外とエッセンシャルだと思っていて、なぜならそれは結果を左右するから。使う人の能力があって、使われる道具のスペックがあって、それが結果になる。問題解決の話はシンプルに言うと、これだけのことで、なので、「使いやすさ」と「使いよう」というのは大事。

昨晩少し話していて、「僕をうまく使えていると思う」という話をしたのだけれど、そう思うのは、ある程度、見える結果が出ているから。結果が伴わないところにそういう判断は生まれ得なくて、道具として機能している時の実感がある。

話を戻すと、デジタルの道具にUIがあるように、僕にもUIがある。2面ある。Webサービスで言えば、サービスのUIと管理のUI。それぞれで誰が使うかも違って、そこには「使いやすさ」と「使いよう」がある。

つまり人と人が仕事する時に大事のはセルフブランディングよりセルフUIデザインだと思うんですよ。お互いがお互いの道具だから。

人を道具に例えるのはあまりよくない話とも言えるけれど、ディールを作って並走するためには、それぞれがぞれぞれに対するUIを持たないといけない。そこがどうデザインされているかっていうことを考えなければいけない。人当たりが良いとか、話が早いとか、気が効くとか、色々あるけれど、そういうものがデザインされているべきで。

このUIって常に変化し続けるんですよね。つまりDevOpsが行われる。仕様やトンマナが大幅に変わることなく、安定的にしかし常に改善を繰り返されていかなければいけない。道具としての機能と使いやすさが両輪で常にアップデートをされていかなければいけない(システムとデザインに置き換えられる)。

最近、WebサービスのUIデザインとかもする機会をもらってるんだけど、Webサービスとかその構造自体を開発環境や運用方針を含めて擬人化して捉えるとすごく面白いよなあと思います。

ETのUIはきちんと使いやすくできているだろうか、事業体にもそういうものを擬えられそう。

考えることには事欠かないなあと思いますよね。面白い。

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