2015/7/27

良い書き手を目指す

実は静かにカウントダウンがブログのサイドバーで始まっておりまして、この記事を書いている段階で、このブログは3,985,389字。400万字(原稿用紙1万枚分)まで残り14,611字、ということで、2005年に始めたこのブログも、どうやら10年目で原稿用紙1万枚分になる、と思うと随分書いたなあと思います。例えば、本の著者とか、編集者とか、ライターを目指すわけでもなく、コピーライターみたいなクリエイティブとしての文章でもなく、とても小説家になりたいとか詩人になりたいみたいなモチベーションはないし、かと言ってブロガーというほどブロガー然ともしてなくて、言ってしまえば、好きなこと書いてるだけなのだけれども、ブログを始めた時にここまで続くと思っていたかというと、案外、僕、続くと思ってましたよね。

というのも多分、文章を書くというのは一番自分にとってストレスなくできる表現の手段で、先日、「坂の下に3年」ということで、料理が一番早く成果物が出るモノづくり、と書いたけれども、表現の手段としては成果物を一番早く出せるのは自分にとっては文章を書くことで、少なくとも絵を描くことではなかったし、音楽を作ることではなかったし、DIYで工作することでもなかったし、ハンダゴテ片手に基板に向かうことでもなかった。

とは言え、誰でもできることではある。

たまに考えることだけど、例えば1,000年前の日本人、というのを想起した時に、その時代の人より自分は賢いか、と思うわけですよね。時代は進歩している、人類は進化している、としても、人間の脳みそがそんなに変わってるとは思えないし、「巨人の肩に乗る」とは言えそんなに本質的なことって変わってない気がするし、環境は変化しているとは言えそれが人間の能力を伸長している方向性というのは必ずしも賢いと言えることかというと、まあそんなことはない。逆に言うとだから歴史的な偉人を尊敬することも違和感ないし、孔子だ、老子だ、孟子だ、今でも参照される。とは言え、環境ということにヒントはある気がします。

文章を読むこと、文章を書くこと。この辺りが、すごく変化したわけですよね。特に白眉なのは「文章を書く」ことで、つまりITがもたらした変化の最たるものは人類に対しては「文章を書くことが増えた」という一点に収斂できる気もするのだけれど、別にブログやらずとも、SMSの話から始めなくても、今日日、メールだ、LINEだ、Facebookだ、Twitterだ、文章を書く。相変わらず印刷物の形を取らなくても仕事ではドキュメント作るし(中間生成物をたくさん作るのは好きではないけど)、ともすれば電話をかけるのが疎まれるくらいの時代になって来ている。これすごい変化ですよね。

そういう時代にあって、だから溢れんばかりの情報、それを構成する最たるものは文章(画像や動画が重要というのはあっても、その意味は文章に置換できる)と考えた時に、人一人が生きていくことは、段々、「どういった書き手になるか」ということになって来ざるを得ないとも思うわけです、ちょっと極端だけど。

という時に、良い書き手とは何か、と思うわけだけど、小林秀雄、というか「批評とは人を褒める技術である」という一言に帰ってくるんだな、僕の場合はと思うわけです。多分、これが全てと思う。褒めるべきことを見出す力と、それを解釈して論理にする力、その2つがあれば文章は書けると思うんだけど、そこに面白さ求めると、その巧拙があって、だから「言葉遊び」というやつを実生活と結びつけながらいかに論理を作って文脈に乗せるか、みたいなことなのかなあと思います。あんまり時事問題を糾弾することに関心ないし、かと言ってすごくすごく自分の内在的なものと向き合って魂を引きずり出す、みたいなことをやりたいとも思ってない。どっちかと言うと魂胆のある趣味、みたいな感じがします。

その上で、人一人が生きていくことが、段々、「どういった書き手になるか」ということになる。そういう感じは少し避けがたい世の中になってる気がしていて、勿論、「書くこと」の重要性は人によってマチマチだと思うし、「書かなくても書き手」みたいなことも言えそうだし、まあじゃあ「書くって一体なんなのか」ということにもなりかねないのだけど、「言葉でしか人は考えることができない」とすると、書くことって実は考えること、とは言えそうです。

とした時に、先ほど1,000年前の時代の人より、賢くなってるかどうか、ということを書いたけど、書くことが増えて、それと同意の、考えることが増えた、とすれば、賢くなってる可能性もある。ここで初めて、可能性が見えた。まあただ、賢くなることが良いことか、って言うのはありますよね。鈴木大拙流に言うと、物質と精神を別け隔てなく扱うために「霊性」という言葉が持ちだされるけど、言わば「信仰」ですよね、技術と知恵と双方が同じく向かうべき先があるのかどうか。あ、テクノロジーとデザイン、って言っても良いんだな、これ。

10年書いてみて、色々思うことはあるのだけど、最後に鈴木大拙を引用したのは、今まで一番「書かれたもの」で鮮烈だったのが、鈴木大拙の書だったからです。

Wonderful、1つ分くらいになったか、10年。

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加藤 康祐 / 企画・設計

1980年1月12日生まれ。フリーランス歴15年。プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。学生時代にデザイン会社でWebデザインを経験。2005年よりフリーランスとしてキャリアスタート。これまでに個人から上場企業まで、100以上のクライアントとのプロジェクトを経験。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの編集・運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート等。趣味はラグビーと料理。Keep the head up, Bind tight & Stay low.

加藤康祐企画設計

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