2015/6/5

全体最適と部分最適 – 組織論から見るプロジェクトデザイン

最近、枕元に無印良品の文庫本ノートというのを置いていて、考えごとしたものを記録に残すようにしていて、ワーッと殴り書きして一通りアウトプットした後は寝付きも良いなという感じで重宝しているのですが、昨晩は全体最適と部分最適ということについて考えていました。

まあ、マネージメントの話はよくわからず、ただ、最近聞いていた全体最適という言葉がわかるようでわからないんだよな、ということもあって、なんか夜な夜な考えていました。

全体最適があるところには、疎が必ず生まれて、疎を潰すのが部分最適化されたタスクフォース、ということなのではないかと思います。

全体最適とは計算できることをどこまで増やせるか。翻って、部分最適とは計算できないことをどこまで潰せるか。

全体最適で高いスコアが出せれば部分最適のタスクフォースは少なくて済みそうです。逆に部分最適で予め潰せることが増えれば、全体最適のしきい値設定を低くしても済みそうです。

これは例えばWebサイトの設計でいうところの、定常的な部分と、更新性のある部分というように切り分けられる気がしていて、組織然り、Web然り、構造物に類するものには、須くそういう切り分けができると思うのですが、その辺、言わば「両輪」ですよね。予防療法と対処療法の違い、東洋医学と西洋医学の違いみたいなことも言える。

この辺のことを考えるにあたって重要になってくるのは、問題を正しく理解し、咀嚼できているか、これまでのことを正しく繰り越せているかということかと思います。

これを間違っていると、そもそも全体最適で100点取れたとしても、問題解決には「及ばない」ということが起こり得るし、逆に部分最適でばかりクリアしていくと、継続性や持続可能性が担保できない、ということにもなってくるのかなと思います。問題の理解と咀嚼が正しくできてないと、100点自体を見誤る。

そしてこれはあくまで組織内部での目的達成を100点とした場合の話で、実際は「チームをリーグ化する – プロジェクトの拡張について」で書いたような、外部機能でどれくらい補完できるかという話もある気がしていて、ここまでを含めて、組織論から見るプロジェクトデザインなのだ、と思います。

以前、ユレッジで丸山宏さんにインタビューしているけど、丸山さんがおっしゃっていた「レジリエンス・サイクル」の考え方って本当に大事だと思っていて、平常時と緊急時の両方で機能するためにどうすれば良いのは、言わば問題に対して全体を最適化していくか、部分的に最適化してクリアするか、という議論にも重なって来る気がして、しかし平常運用と緊急対応の両方が機能しなければならず、であるがゆえのDevOpsが必要なのだろうと思います。

この辺、なんだか生き物っぽい話だよな、と思うのだけど、レジリエンスが生物の自己回復力にフォーカスしているというのがまさしくそれで、組織論とかはレジリエンスが適用し得る最たる例だろうなと思います。生き物の集合体が目的に対して、どのように新陳代謝を繰り返しながら繁栄するかという話なので。

組織設計と問題解決、当たり前の話だけれど、両方とも大事なので、とするとやっぱり与件の整理がかなり緻密に行われないと、最適化の議論って破綻するのだろうと思います。

以上、昨晩の殴り書きをだだだっと文脈に起こしてみました。マネージメントの話も面白いとは思うけれど、どっちかって言うとタスクフォースとして走る方が、個人的には楽しい感じがしているよなあ。まあ少しずつ、この辺りも考える機会を作っていきたいですね。先達と話す機会だけはこれまでもたくさんもらっているし、僕の仕事自体、マネージメントの施策の一部として機能して、初めて価値を生むものだと思いますし。

以上、雑記。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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