2015/4/12

企画力の伸長について – 名刺の肩書

最近、企画の仕事を企画の仕事として今までよりきちんと成立させたいなあと思っていて、一つの解みたいなものが見えて来た気がします。

そもそも、前にも書いたけど、うちの企画というのは、「自分でできることを増やす」ということと対でした。Web作れるからWebの企画をする、グラフィックやるようになってブランディングの企画というのもあり得るようになる、イベントの企画、PRの企画、メディア運営の企画などなど。「自分でできることを増やす」ことで、企画する領域を徐々に広げて来たというのが、これまでの経緯。

企画屋としては随分遠回りな話であります。

とした場合、企画の仕事を企画の仕事として今までよりきちんと成立させたいと思った時に、どうするべきかって言うことなのですが。

「自分でなにもできないこととする」。

これ一つの解かなあと思いました。

デザインできる、コード書ける、システム触れる、みたいなことを「できない」ことにして考える。自分でできるかできないかを思考の外に置いて考えようということです。これもしかすると企業の人もあるかも知れなくて、会社のリソース活かして企画を立てる、ということが企画が活きる方法論だと思うのですが、会社にリソースがない、ということにして考える。

結果として、自分でやるかやらないかというのは、自分でやることも僕の場合多いし、僕よりもできる人にお願いすることも多いけど、そういうのでものの考えを担保することはある意味で思考のエクスキューズになっている可能性があるので、「自分でなにもできない」みたいに考えるのは方法論として有用だろうなと思いました。

で、「加藤さん、なにするの?」とならないように、企画のところでもしっかり勝負する。その上で、企画から続くフェイズでも僕の仕事があればそれはそれ、とりあえず、企画のところだけで仕事の価値を担保できるようにならないといけないのかなあと。これ結構ムズいと思うんですよね。なまじ、自分でできるというところで勝負して来ただけに。

ただ、企画のところに収斂しても、「自分でできる経験」があるから僕が考えた方が早かったりスムーズだったりすることはあるはずで、そういう経験則としての「自分でできる」を活かしつつ、「自分でなにもできないこととする」という前提で考える、というのはトリッキーなようですが、企画の仕事を企画の仕事として成立させる、って言うのはつまりそういうことじゃないかなあと最近思ってます。

なんかそうやって手に入れる自由がある気がする。

独立当時から名刺の肩書ずっとプランナーですしね、その割にできてない。

ちょっと物は言いようっぽいんですけど、僕は作るところから距離が離れたところでも、マネージメントよりはプランニングという言葉に寄っていたいので(これ同義とも言えるんですけどね)、しばらくそういう思考のエクササイズにルールを課しながらやってみたいなあと思っています。

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