2015/1/27

Facebookが落ちたこと雑感 – ユレッジとレジリエンスの話

Facebookが落ちていますね。落ちている。利用できない。困った。こういう時にサービスに頼り切っていることにすごい自覚的になりますね。もうこういう時は、コンビニ行くかーとか、掃除機かけるかーとか、コーヒー美味いなあとか、ならざるを得ない。実は銀行の振込処理をやってる最中で、原稿関連のやり取りをFacebookでやっていて、ああ、振込先参照できないではないですか、という割とクリティカルなことが手元で起きていて、難しいなあと思いました。

こういう時に、他の手段を使っていればとか、サービスに依存過ぎているとか、考えることもできるんだけど、まあどちらかというと、普段、当たり前に使えている、だからインフラ、電気とか、ガスとか、水道と同じ意味で使えている、ということはやっぱり特別なことなんだろうと思うんですよね。サーバは落ちるし、ネットは繋がらなくなるし、データは消える。本来的には。

ここで引き合いに出すのもなんなのだけど、震災の時は、僕の実家では電気が1日停まったので、家の回線は使えないし、電源も使えないし、だから電化製品は電池で動くものしか使えないし、逆にパソコンとスマホ頼みだったりしたことなどを思い出しました。リスクヘッジとか、リスク分散とか、考えればきりないんだけど、人はやっぱりそういう状況になるまで、何かに依存してるということに、あんまり自覚的にならないよなあ、という風に思います。GmailとかFacebookとかDropbox辺りは、まあ大丈夫だろう、みたいな根拠のない信頼があったりもするわけで。

さて、レジリエンスという考え方があります。以前、「『天災と国防』 寺田寅彦 – 防災、大和魂、レジリエンス」という記事で紹介したけど、まあそのリスクヘッジとかリスク分散みたいなのはこれまでの話。その上で、天災のような大きな危機に瀕する時に考えるべきは、言わば「自己回復力」みたいなことで。

「レジリエンス」(resilience)は、一般的に「復元力、回復力、弾力」などと訳される言葉で、近年は特に「困難な状況にもかかわらず、しなやかに適応して生き延びる力」という心理学的な意味で使われるケースが増えています。さらにレジリエンスの概念は、個人から企業や行政などの組織・システムにいたるまで、社会のあらゆるレベルにおいて備えておくべきリスク対応能力・危機管理能力としても注目を集めています。

実はFacebook落ちてクリティカルにできないこと今回あったんだけど、他にできることいっぱいあって、仕事しようと思えばできるんですよね。何となく仕事したくない空気にしてしまいましたが。例えば個人のビジネスのやり方、ツールの使い分けをスキームと見た時に、何か大きな要素が一つ落ちた、使えなくなった、という時に「しなやかに」対応して「生き延びる」というのは一つのケーススタディかと思います。これもっと身近なことでも考えられて、例えばラグビーやって足の骨折ったら仕事どうなるか、みたいな物理的なことも考えられるし(これ案外、昔からよく想定されることとして考えていたことです)、円安が進んだことで、海外サービスに依存している部分の経費が増えた、みたいなすごく外因的な影響によるダメージも考えられます(今、じわりとそういう影響を受けている)。

思うに世の中のリスクというのは見事なまでに連環していて、ITのことはITのこととして、体のことは体のこととして、お金のことはお金のこととして処理できない。だから、地震防災に関してもユレッジみたいに複眼的に考えていく視点が必要だと思っていて、レジリエンスというのは「そういうこと」を包括的に考える一つの軸かなあと思っています。この1年ユレッジをそれを軸に実は考えて来ていて、昨晩、ちょうどそれを総括できるような何かをできないか、ということでメール一通認めていたところでした。

ユレッジももうすぐ2年目を終えようとしています。レジリエンス、ということ、もう一度しっかり考えたい。

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