2015/1/1

便利と凡庸とテクノロジーとのこれから

最近、すごい考えているのが、「便利」ということについてです。世の中はとても便利になって、便利なものに支えられて生きていて、一方で、そこまで便利にならなくても良くないかとか、そもそも便利って目的なのかとか、色々考えておりました。おそらく昔ほど、便利を感心しなくなったというか、得心しなくなったというか、便利になることは悪いことではないけれど、もっと凡庸で十分に楽しめることとか、満足できることとかあって、例えば、リニア新幹線みたいなこととか、渋谷の大規模再開発とか、無駄じゃないかなと思ったりするし、まあでも宇宙エレベーターくらいまで行くと夢あるよなとか思っちゃうし、技術の進歩とか革新とかを毛嫌いしているわけでもないので、なかなか落ち着かせるところが難しい。

さっき見かけたものだと#CUBEというのがあって、これはなかなか便利で良いものっぽいなと思いました。デジタルフォトフレームって言うのがあるけれども、あれのInstagramのハッシュタグに特化したみたいな感じだと思います。これで何か問題が解決されるという類のことではないが、でも便利そうで、良いと思う。ちょっと欲しいなと思う。そういう琴線に触れるものって、あって、これからIoTみたいなものがもっと進んで、これ便利だなあと思うものが増えるのかも知れない。

後はヘルスケア関係もいよいよテクノロジーとの融合が一般の生活まで引き寄せられてくる感覚があるし、昨晩も母校のドローンによる空撮のYouTube見ててなんかすごいなと思ったんですけど、ここ数年だと例えば地味に電子書籍が普及したこととかは素晴らしいと思うし、iPhoneは最早手放せないし、WebサービスだってDropboxとかEvernoteとか便利だし、Etsyは新しいワールドワイドな購買を作ったと思うし、あと、方向音痴な僕としてはGoogle Mapとかもすごいと思う。THETAで360度撮影できるのは楽しかったし、いつの間にやらICカードでの決済が当たり前になっている。一方で必要ないなと思えるものも増えて来ていているのも事実。

ただテクノロジーって生活者に目に見える形で提供されているものはそのごく一部で、テクノロジーはその「活用のされ用」が有効か無駄かに関わらず、進化していって然るべきだと思う。生活者とテクノロジーのコンタクトポイントって、1日の時間割を考えると限られているし、その「チャンネル」のようなものは実は増えないから、僕が仕事や生活の中で使いこなせるテクノロジーの限界量というのはあるはずで、だから自ずとテクノロジーがどんなに進んでも、それはある閾値を超えた熱狂みたいなものには成り得ず、これからもある種の冷ややかさを持ちながら、でも折々で便利で良いものっぽいな、と思ったりするんだろうと思います。後は僕がコンタクトするその先にあるテクノロジー、ビッグデータだったり、マッピングだったり、ロボットだったり、AIだったりするのかなあと思うけれど、そういう生活者としてリーチができないようなテクノロジー、は「便利」という軸だけじゃない、もっと多様な価値を生んでいくんだろうなあと思います。

当たり前の話をした。

その上で、テクノロジーとのこれからなんだけど、僕はやはり仕事をする人間として、クライアントに近いところでテクノロジーを道具として使いこなせる人間でないといけないのだろうなあと思います。僕が言うテクノロジーは、大概の場合、僕が抱えるものより高度なスキルを持った誰かのアウトプット。プログラミングをするようになったからと言って、僕は決してエンジニアというわけではなく、どちらかと言うと、道具の一使い手で、逆に言うとそれで仕事が作れるというのはすごい世の中だとも思う。そして、その便利な道具を使うことのゴールが、「便利」ということでは「ない」ということが多いということだと思う。

もしかしたらとても新しい使い方になるかも知れないし、多くの場合はとても凡庸な使い方になるのかも知れないけれど、僕のこれまでのキャリアを考えてみても、おそらく「便利」をゴールにするようなテクノロジーとの付き合い方にはもうならない気がしていて、むしろ「便利」というスタートの上に何を乗せれるか、ということになってくる気がしています。

あんまり「便利」を作って欲しいというオーダーじゃないですものね、うちに来る仕事、そういや。

そういう意味じゃテクノロジーに対して随分「ずるい」向き合い方で、ある意味、お世話になっている割に「不義理」である気もするんだけれど、これからもっとそういう色は濃くなっていて、でも作る、という割とねじれた関係性になっていく気がしています。でもそういう、作りながらも、作ることが最大のプライオリティにならないというのは、限られた領域でフルスタックに近いことやってるからチャレンジできることで、モノ作ってる時に作ることがゴールじゃないって言ってると唖然とされることもあるのだけど、分業化されたものをぎゅぎゅっと凝縮すると、そういうことにもなってくるのだろうと思う。

これからも進化して革新を続けるテクノロジーを使い倒しながら仕事をしていくには、まだまだ勉強と経験が必要そう。一方でそのもの自体とはこれ以上距離が詰まることはなさそう。そんな感じになりそう。色々書いたけど、平たく言うと、つかず離れずってことですかね、これ。

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加藤 康祐 / 企画・設計

1980年1月12日生まれ。1998年よりデザイン会社のパートタイムアシスタントとしてWeb制作を経験。2005年に独立、フリーランスとして、企業、個人、NPO、独立行政法人など、様々な領域でのITやデザインによるサポート業務に携わる。2018年、加藤康祐企画設計を開業。これまでの経験を活かし、より広い視野でクライアントの問題解決に取り組み、クライアントと一緒になって新しい価値創出をし、平静な社会の実現を目指す。

加藤康祐企画設計

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