2014/4/21

流通量の最適化と「緩やかな衰退」とレジリエンス

こないだ、スーパーとかコンビニの棚にあれだけモノが並んでて、相当量が廃棄に回ってると思うと、本当にやり切れないみたいな話を聞いていました。食べるために、ならまだしも、廃棄するために殺されてるってどうなの、という。それはそうだろうなと思います。「そういうもん」として許容してるわけで、「そういうもん」に支えられて生きて来たので、今更そこに自分の正義をおっ立てるわけにもいかないのだけれども。

ただ、この問題を考えた時に、農家が減る、っていうこと、前提条件としてなんというか問題視するのが当然みたいになってたけど、案外、減っても良いのかなと思いました。廃棄が多い、というのはつまり流通量が多い、ということで、この問題、生産者と生活者の間の問題として捉えられることが多いけど、もしかしたら必要なのは流通と小売のリデザインかも知れない。

例えばAmazonのような新しい時代の流通事業者が可能にするものが最適化だとそれば、需要と供給のバランスを最適化して均衡に近づけられれば、今の流通量を維持しなくても食生活賄えるかも知れないですよね。ちょっとファストファッションの話っぽいけど。

農家減ると、生産量落ちて、皆困るって、なんか前提条件みたいになってたけど、単純に生産量減らしても大丈夫な世の中に流通と小売をリデザインすれば、農業やりたい若手もいるんだし、今の流通量維持しようとするから齟齬があるんじゃないか、って気がしました。

ただ、技術と知見の承継は必要だと思うんですけども。

この議論、「農家減っても生産量落とさないやり方を考える、っていう方向性もあると思う」「生産量落としてもなんとかする、ってのは日本国内の話で、イコール輸出産業としての農業という発想がないってことかな、と感じちゃう」などという意見もいただいて、面白かったのですが、僕個人としては、地産地消じゃないけれども、農業はもっと内に内に入ってって、せいぜい加工品とかで良いのではと思うんですよね、輸出されるものは。

多分、ベースにあるのは日本の中長期的な展望として僕がなんとなく「緩やかな衰退」をイメージしているからで、「緩やかな衰退」の中で、これ農業の話で考えると「質の高いものの割合を増やす」ということと「サイズを適切なボリュームまでダウンサイジングする」という2つがある気がしていて、これは「農業界」では当然解決し得なくて、つまり流通・小売マターが大きい気もするんですよね。そう言えば、Amazonの例出しましたけど、書籍で言うところの取次のシステムが機能不全を起こしつつあるみたいな話も「棚に大量の本を十全に並べる」ための仕組みですよね。実はあんまり変わらない気がしました。また、ボリューム減れば品切れの不便とかも出てくると思うんだけど、それは電気の話とかと一緒かも知れません。

そうやって考えると、「緩やかな衰退」とリジリエンスみたいなことって結構対になるのかなと思うんですよね。で、一番それを担保できるのは「質の良さ」と「サイズの適正さ」なのかなあと。人口も減るし、高齢者も増える。「社会が緩やかな衰退を迎える時」に、その中で十分に働いて稼ぐために必要なのは、スケールアウトすることより、むしろミニマムセットであること、なんじゃないかと思うんです。

僕みたいな小さなプレイヤーは、そういうところにもしかしたら、大きな組織ではできないことを作れるかも知れないし、ある意味でのチャンスかも知れなくて、大企業ではできないこととか、大企業では望めない志向性とか、そういうことを考えていかないと、小さいままでやり続けていく意味も作りづらいと思いました。あと、社会の全体観として「緩やかな衰退」は単独で起こるんじゃやなくて、「緩やかな成長」と「緩やかな衰退」が同時並行的に起こるような気がしていて、ただ、それらの帳尻合わせみたいなところに、これからの仕事って生まれるんじゃないかと思うんですよね、なんとなく。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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