2014/1/4

作ることを知ることと、ものの価値について – 自分の仕事についても少し

これ食べ物の話すると一番わかりやすそうだけど、今日は置いておいて。年明け @taromatsumura が面白いことやってました。

輪島塗りのレンズキャップ | [ t] TAROSITE.NET

カメラのレンズキャップを輪島塗りにしたんだそうです。輪島は能登に行った時に朝市に行って、土地柄、露店を出す通りに輪島塗りのお店いっぱい並んでいて、当時そこまでそういうものに興味なかったので、確かお箸くらいしか見て来なかったですけど、塗り物のお店とかも古い街歩いてるとちらほらあって(土産物屋ではなくて)そういうところ入るだけ入ったりしてたまに見てすごいなあと思ったりしています。最近だと去年の春の平泉とかかなあ。秀衡塗。

さて、この記事の面白いのは、どうやって作るのかっていうことが書いてあること。こういうのが大事だと思うんですよね。

焼きものとかも、Web屋さんなので、そのものにすごーくコミットしてるというよりはたまにお手伝いしているだけなのですが、最初にWeb作る時に、作る場所見せてもらいに行けたのが大きかったような気がします。良い器でご用意いただいたご馳走いただくとか、お茶の飲み方もよくわかんないのに抹茶出していただいたりとか、自分の知っている人がろくろ捻ってたりとか、あと、神棚に朝拝むのとか、窯焚きも少しご一緒させていただいた夜もあったし、ああ勉強しないとなあと思う。その過程で好きになって、割とそれから大分経って一人暮らしするようになって、ようやく、自分のお金で焼きもの買うようになって、使うようになったら好きになれるものだなあというのがあって今に至るというのがある。助走長いんですよ、案外。Web最初にクライアントのを作ったの2008年だから、6年ほど。自分で買うようになったのは一人暮らしはじめてからだから1年ちょっと。

で、前に書いたんだけど、クライアントのものを僕は買ったことはなくて、その辺、不義理なのかなんなんだかよくわかんないという前に手が届くものじゃないと思っているので良いのと、そういうものを扱う用意があらゆる意味で僕にないと思うのだけど、昨年多治見に行った時に色々おはなし伺ってまた学ぶことがあって。うちにあるのは民芸と呼ばれる、歴史はある、だけど日々の暮らしのために作られた相応の価格のもの、一方で、今、作家さんが作っておられるようなものもたくさん数を作るものと、そうでないものとかあって、みたいな話は興味ある方は多治見旅行記参照ください。

多治見 : kosukekato.com

それは例えば単価の問題だったり、ボリュームの問題だったり、回転率の問題だったり、その上での作品性の問題だったりするのかも知れないけれど、これは教えてもらった部分が大きいのですが、若い作家さんが有名になって比較的手の届く値段で、割と幅広いレンジにカジュアルにボリュームを売る。それはそれで成立しつつも、じゃあそれを10年、20年続けていくのか、みたいなことは、僕らも日々考えている部分なのかも知れないなあと思うんですよね、分野は違えど。

みたいなこと。

もう一つ、ちょっとまた違う付き合いはmaricoさんのグラスループの話。こないだ7年使って切れたの編み直してくださったんですが、こちらはどちらかというと、最初、maricoさんの話うかがって面白いなあと7年前に思って、作ってもらって、大層気に入って、でも実際作る現場、maricoさんの場合、僕が見るのはワークショップということになりますが、それ1年前のことですよね。7年使ったけど、作り方とかわかるようになったのは、1年前からで1回自分で簡単なの編んでみて(キーホルダーについてます)、いやあ向いてないなあと思いつつ、そういうものかあとわかると、DM作ったり、写真撮ったり、できあがったものが好きになる理由とか、もう少し自分の中で論理的に整理できるようになるんだろうと思うんですよね。

みたいなこともある。

ここで僕の仕事の話。例えばWebを作ることと言っても、想像に難くないと思うのですが、高いとか安いとかあるわけです。クライアントが相見積取る場合もあれば、他のWebに価格掲示している業者を参照するかも知れないし、他はこういう値段でやってるみたいなこともあるかも知れない。その上で、うちとしては適正と思われる価格の提示、内容によってはわからないこともあるのでクライアントに素直にわからないと言う時もありますが(逆にそもそもはこれくらいの予算を見込んでいた、というお話を後でいただくこともありますね)、あとイニシャルとランニングでも違うわけです。イニシャルはクライアントの望む内容で費用を計算しつつ、ランニングはできるだけお互い長くお付き合いできるような形にした方が良いですよね、とか。

その上で、じゃあそれ今まで話して来た文脈で、クライアントに作ることを知ってもらうことが大事かって言うとそうじゃないですよね。企画があって、デザインがあって、コーディングがあって、実装があって、それぞれの工程がどういう内容でとか、それは問題解決の本質じゃない。何だけど、一方でそういうことに理解いただくための手がかりというか、手触りのあるものをある程度渡せること自体は大事だと思うんですよね。先に挙げた2例も、結局触りを少し教えてもらいました、というだけなので。そこで僕の仕事だったらどういうものを渡すのか、というのが、価格の、というか仕事の妥当性のサポーティング・パラグラフにもなってくる。

さて、最後に。

置いておくって書いたけど、やっぱりこれ食べ物の話わかりやすい気がして、例えば、それは生産レベルでも、流通レベルでも、小売レベルでも、調理レベルでもそうなのだろうけど、特に生産と調理ですかね。野菜育てたことある人は、野菜で料理することわかるだろうし、その逆もまた然りだろうと思うんですよね。みたいなことを昨日かなんかに記事で読んだのが、実はこの話のそもそもの発端で。

Culture: The menu of the future | The Economist

ある時、僕も出されてるものずっと食べてて良いのかなあ、と思う瞬間があって、別に良いんだけど、作ってみるか、という風にモチベーションが少しずつ行ったのは良かったと思います。まあでも、それも食べ物関係の仕事とか並行してあったからで、単純に内省的なことでもない気がするけど。上の記事、割と長いですが、最後の一文引用しちゃいます。

So here’s my suggestion, and my prediction, for 2014 and beyond: eat your vegetables.

とは言え、野菜は作らないし、焼きものは焼かないし、ヘンプも編まない、なんだけど、じゃあなんかでもそこに意味とかないのかということをぐるぐる考えておった次第。作ることにも、色々な関わり方や、距離の図り方があるだろうと思いつつ、その上で、知識より経験則だろうし、評価や批評もまた然りなんだろうなあと思ったりしました、というのが長い話の結論でした。

まあ好きなものをきちんと知る努力、ということは大事です、ということか。

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