2013/7/17

無駄とは何か?

最近、書こう書こうと漠然と思ってて、何を書こうかと思っていたんだっけ?となっていたことを深夜に思い出しました。「無駄」ってなんだろうという話です。

折しも選挙期間で、僕は先日、期日前投票を済ませましたが、この時節になりますとよく聞くフレーズが「無駄をなくす」というフレーズ。僕が知っている人の中でもそのために闘っている人はいるし、逆に言うと、無駄をなくす、ということに反論するのは既得権益保持者だけだとも思ってたんですけど。

が、しかし、近年、僕自身はそこに専門的な知見があるわけでもないですけど、新しい仲間との繋がりや、元々専門家の知見のユニークネスみたいなところには興味があって、それ自体も「人間に対する興味」なんですけど、「サイエンス・アウトリーチ」みたいなことが、うちが関わりたい一つのテーマになりました。

別に隠し立てする必要はないと思うんですけど、そういうわけで、そういう研究畑をサポートするようなプロジェクトが少しですし小さい規模ですがチラホラ出て来て、そういうものがあるのは一つは教育機関ですよね。元々、ETの最初のクライアントも学発ベンチャーでしたし。で、もう一つは「無駄をなくす」でよく例に挙げられる独立行政法人だったり。

さて、僕の違和感は、巷で言う、既得権益保持ゆえなのかどうか(まあ既得権益って言うほどには全然仕事してないってのが実情ですけど)。

みたいなこともあり、ネット選挙だし、たまたま独立行政法人にメスをと書かれた候補者さんをハガキで推薦いただいたので、その方のFacebookページに簡単に僕の抱えているモゴモゴ感を書いてみました。結果としては、丁寧に対応していただいて、自分の思考も少し整理されたかなと。

前振りが長くなりましたが、無駄をなくす、という時って、「無駄」は状態じゃないですか。名詞っぽい。ただ、現場に近いところに関わると、それって「無駄にする」か「無駄にしないか」って話だと思うんですよ。「予算」は「問題」に対して宛てがわれるので、それを「無駄にする」か「無駄にしない」か、という動詞の話になる。受託で問題解決の仕事をしています、って言っている以上、当然そうなる。

で請けて作る以上は「無駄にしたくない」わけですよね。これ、大前提。儲かりゃいい、という問いに対して言うと、儲かればいいんですけど、ただ、そこで打ち止めなんですよ。50万円の仕事をして、50万円の仕事を納品しました、ただし結果、無駄でした、って言うのは、それで文脈が終わりになる。仕事って、それだとあっという間に先細りなので、大事なのは仕事をしてお金をもらいつつも次の仕事がそこからではなくてもその文脈を活かして生まれて、時系列で影響を数値化できないにしろ、回収していく、ってやらないと、しんどいじゃないですか。

だから、個人であろうと、企業であろうと、研究機関であろうと、問題を提示されて、ディールがあって、そこに解決の糸口が見えれば僕の仕事にはなって、今あることを無駄にしなければ、何らかの形で文脈を継続できると思っていて、それでも無駄って話になったら、それはその時考えれば良いことなのと、次の問題に行くしかないんだろうなと思います。渡り鳥みたいですね。

ただ、「無駄をなくす」という言説のずるさもあると思うんですよね。

例えば生活保護の問題。去年、結構問題になって、実は不当な受給者がいるとか、働いてないのに意外と余裕のある生活じゃないかとか。僕が聞いてる限りでもそういう側面あると思います。じゃあ一方で、一度そういう、働くことを忘れてしまったけど甘い汁を吸うことを覚えてしまった人を社会に復帰させる有効な施策を、行政が行えているのか、って言うと、そこにも疑問があるわけですよね。それは個人のモチベーションによるという言い方もできるけど、どんどん増えるでしょう、生活保護を受給している人の人数じゃなくて、働くことで社会に役割を果たせない大人。これ社会問題。

友人が母体から生活保護受給者の人を含めた就農支援を、NPO農スクールということで最近切り出して動かそうとしているんだけど、結局、僕の話のところで書いたけど、予算は本来的には何らかの問題に対して宛てがわれてます。だからそういう問題の解決により実行力を持ち得るところがきちんと助成されるようになって欲しいんだけど(という話も結構ほうぼうで聞くし)、政治の視点で無駄をなくすって言った時に、無駄にしてた予算を削るのは良いことだろうけど、極論、それを無駄と認めて削るなら、そこにあった問題は自分で解決するくらいの話じゃないと、筋論では駄目だと思いますよね、って書いてて結構無理あるなと思いますけど。無駄を削れました、で終わられると困るというか。それの答えも「べき」じゃなくて、「自分でやる」じゃないといけないと思うし。ただ、往々にしてそこにはそもそも問題がなかった、ってケースもあるみたいですが、そればっかりじゃないと思う。

昔、贅沢って言うのは贅が沢山ある暮らし、ってことだみたいなことをブログのサブタイトルみたいにしていて、本来的に贅があるって悪いことじゃないって言うか、無駄って結構、丁寧に紐解いてゆくと、損得だけの話じゃないと思うんですよね。

すごい話がとっちらかってしまいましたが、「無駄をなくす」って雑にやると、問題の放棄、大量生産すると思うんです。内にも外にも。「徹底的に無駄をなくします」っていう人より、「一つ一つの無駄を丁寧に見ていきます」って言う人が本当は必要だと思うんだよなあ。どんなに切迫した事態だったとしても。

とりあえず、僕は「無駄をなくす」立場にはないので、「無駄にする」か「無駄にしないか」の勝負を頑張ります。という話。

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加藤 康祐 / 企画・設計

1980年1月12日生まれ。フリーランス歴15年。プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。学生時代にデザイン会社でWebデザインを経験。2005年よりフリーランスとしてキャリアスタート。これまでに個人から上場企業まで、100以上のクライアントとのプロジェクトを経験。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの編集・運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート等。趣味はラグビーと料理。Keep the head up, Bind tight & Stay low.

加藤康祐企画設計

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