2013/2/21

給与をもらえることによる自由

最後これ書いたら寝よう。給与をもらえる人、世の中的にはサラリーマン、というのだと思うのだけど、給与をもらえることの自由ってすごいなあと最近思うようになりまして。多分、普通の人には当たり前の感覚なのかも知れないけど。

フリーランス時代は、鬼の自転車操業で、今月あんまり売上立たなかったから、入ってくるお金少ないなあとか、今月けっこう稼げたから、結構入ってくるなあ、みたいなことに毎月一喜一憂していて、それはそれで結構楽しかったのですが、まあそこそこハラハラしますよね。

前にも「稼げない仕事の比率を上げるためには、どうすれば良いのか、という話」って言う話を書いていて、ざっくり言うと稼がないと、稼げない仕事できないよね、って話なんですが、多分そうなんじゃないかなあと思います。こないだもフリーランス仲間と話してたんだけど、ある程度の閾値超えないとできないよねと。僕らも別に何千万って稼げるようになろうと思って仕事しているわけではないので(これホント)、どこかのタイミングでギア落としつつ、もう少し視野の広い活動ができるようになると思うんですけど。

そういう意味で給料制って素晴らしくて、ええと、こういうこと言うと反感買うかも知れないけど、まあ僕会社勤めしたことないので、半ば無理やり全く知りませんの体で考えると、給料もらえるって、自由になれるってことだと思うんですよね。僕も会社勤めは大変、っていう話は本当にたくさん聞いてるけど、でも、本質的にというか、雇用の安定性が確保されることによって、個人の自由が担保されるとしたら、絶対にフリーランスより自由。

勿論、いつでもどこでも仕事できるとか、好きな就業時間で働けるとか、勝手に時間作ってやりたいことできるとか、あるかも知れないけど、そういうスタイルって本質的なことではないなあと思っていて。自分の目的みたいなことに対して、どういうアプローチをするかって言うことを考えると、より自由を担保されているのは給与もらってる人じゃないかなあと思います。

ちなみに、じゃあ会社作った身としてはどうかというと、売上少なくても、固定の報酬が入って来てしまう、ということに改めて割とびっくりしています。これ単純に会社の金食い潰しているということですね。それは会計的なことだけではなく、見るべきものが個人のお金と会社のお金の2軸になってて、じゃあ大変じゃないかと問われると、これはこれで、うまい具合にアップダウンを会社のお金が作るバッファを利用して吸収できるので、それはまた違う意味の安心感は作れるし、総じて自由が制約されることも、フリーランスの後半と比べるとないなあ、という気がします。

最終的に帳尻合わないと駄目だけどね。

こないだなんだか会社勤めの友人が楽しそうなことになってて、ふと蛍の歌を思い出しました。

ほう ほう ほたる こい
あっちのみずは にがいぞ
こっちのみずは あまいぞ
ほう ほう ほたる こい

今、あっちの方がどうやら甘くて、蛍あっちに飛んできそうだなあと。どんなに好き勝手やってるって言ったって、やっぱり人それぞれ、その人がその組織でその立場でしか経験できないことってあって、それは当然僕にも言えて、僕が経験していることは僕にしか経験できないことで、それをどれだけある意味で稀有なポジションに持って行けるか、ってのが、まあ有り体に言うと、差別化ってことにもなって来ますよね。

今日も初対面の方と話していたんだけど、まあWEB制作会社としてどういう風に捉えられたいか、ということやってる限り、僕はWEB制作会社としての位置付けに追っかけまわされるので、せっかく時間かけて作った自由だから、うまく活かしていきたいなあと思います。

給与もらってるからこそ発揮できる自由ってある気がする。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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