2012/12/6

人脈作りとは、意味付け論である、という話

今日は学生時代に結構通っていたSTOVE’Sという横浜のダイニングカフェでカウンター座って17:30くらいからさくっとビール飲んで帰ろうと思って、ちょっと長居しちゃったわけですが、なんか学生時代に行っていたとは言え、大して店員さんと仲良くもなくて、おっさんになって一人で行って、色々な共通の話題ができるのとか面白いなあと思いました。行ってる場所は同じところなのにね。

さて、人脈作りが大事って、どの仕事でも概ね言われることだと思うのですが、人脈作りってなんなんでしょう。そもそも人脈の定義ってなんだ?

《山脈・鉱脈などになぞらえた語》ある集団・組織の中などで、主義・主張や利害などによる、人と人とのつながり。「豊富な―を誇る」

ってデジタル大辞泉には書いてありましたけど。さてはて。実は最近意外とこのオーソドックス定義がピンと来るなあという気がしていて。

例えば、なんだろう、明日僕がなぜか日本銀行の人と知り合いになって、話をしたとして、それが人脈になるかというと、多分ならないだろうなと思います。話があって、仲良くなるとかとはまた別の問題として、人脈となるかという意味で。

例えば、どうですか、明日僕が政治家の人と知り合いになって、話をしたとして、それが人脈になるかというと、それはもしかしたら人脈になるかも知れないですね。

例えば、むしろこっちなんだけど、横浜のライブイベントもするバーで、店員さんがヘンプ好きで、音楽好きで、友達のイベントのフライヤー置かせてくれるとか、音楽やってる友達連れてきてくださいとか、なる、というのは僕にとって完全に人脈です。

ふむ、こうやって書くと、利用価値があるなし論とも読み取れるかと思うんですけど、そうじゃないです。では、タイトルで掲げている意味付け論とは何か。

つまり、それは出会った人との関係性に、自分が何らかの意味を付与できるかという問題だと思うのです。当たり前だと思うのですけど、初対面の人の価値の評価とかできるわけがないじゃないですか。そもそも人の価値の評価って、なんだよ、って話だし。

そうじゃなくて、初対面の人と知り合った時に、僕がその人との関係性に何らかの意味をイメージできるか、その上で、その人にその描いた関係性のイメージに共感してもらえるか、ってことなんじゃないかと思うんですよね。その上で、自分の知り合いにそこで作った関係性のイメージを共有した時に、「それ、面白いっすね」と言ってもらえるかどうか。

世の中的に有名な人と付き合ってるかどうかって僕的にはあんまり意味のないことだし、本当に素晴らしい人でも関係性のイメージができなくて僕ちょっとこの人と付き合っていくにはまだ役不足だなあと思う時もあるし、自分の人脈作りのフィルタリングのメカニズムって長らく謎だったんだけど(たまに知り合いにどうやってるんですか?って聞かれたりするので)、平たく言うと、相手の問題というより、その時の自分のスペックの問題なのかなあと思いました。意味付け論なので。

そうやって意味付けをしていくと、人の連なりが文脈になっていって、ほら言葉尻的にも人脈ってことになるじゃないですか。そういうもんじゃないかなあと思った次第。

ひとり仕事: フリーランスという働き方
(2012-10-5)
売り上げランキング: 14,705
100円

加藤 康祐 / 企画・設計

1980年1月12日生まれ。1998年よりデザイン会社のパートタイムアシスタントとしてWeb制作を経験。2005年に独立、フリーランスとして、企業、個人、NPO、独立行政法人など、様々な領域でのITやデザインによるサポート業務に携わる。2018年、加藤康祐企画設計を開業。これまでの経験を活かし、より広い視野でクライアントの問題解決に取り組み、クライアントと一緒になって新しい価値創出をし、平静な社会の実現を目指す。

加藤康祐企画設計

是非、フォローしてください!
Twitter / Instagram