2012/11/3

『Japan In A Day』を観て来た

元々、僕はあまり映画を観る習慣なくてですね。身の周りに映画好きな人は多いんですけど、どっちかって言うと、本読んでたい、みたいになっちゃうタイプ。そういうわけなのに、今回、公開当日に観に行きたいなあと思ったのは、3.11をテーマにした映画だからとか、監督がRidley Scottだからとか、一般参加型の映画だからとか、いうわけではなく、古い友人の仕事だったから。僕は仕事が趣味みたいな人なので(他にも趣味山ほどあるけど)、他の人の仕事を観るのは大好物。

さて。映画ですがとても良かったです。映画が良かった、というのと、この映画を観て良かった、というのと、こういう映画が出てきて良かったというのと。

だから、この映画って言葉にすると「追憶」ってやつなのかなあと思ったんですね。ちょっと回り道をすると、こないだ、40年前くらいのうちの親族の正月の宴会の録音テープってのが出てきたんですね。いわゆるカセットテープに録音したやつ。それで、まあうちの親族なので、想像に難くないと思いますが、大変楽しそうに飲んでおられまして、亡くなった祖父の歌に親族皆が合いの手いれながら手拍子を打っていたりする。そういうのをこないだ家族で居間で聴きながら、祖父のことを思い出話をする一方で、頭の中では祖父の死に顔や葬儀の時の周囲のことも思い出すわけですよ。でもなんかそういうものなんじゃないかと思ったんですよね。

で、自分の祖父の死と、3.11のことを同じものとして扱っていいかというと、そう思っているわけではなくて、ただ、同じ質のものも、いくつかある中の一つの経路としてあっても良いのかなと思ったんですよね。で、もしかしたら、こないだのカセットテープと、今回の映画を観た時の、少なくとも僕にとっての印象は似てたんじゃないかなあと。勿論、カセットテープは「以前」のもので、この映画は「以降」のものだから、時間軸的には違うんですけどね。でもそういう温度のことかなあと。

思い起こすのは、震災以降に人と話したこと。まだ揺れてる頃に、横浜の味珍で豚肉食べながら集まれる仲間で集まって話したこと、いわき出身のラグビー仲間が実家に戻る道すがらネット経由でやり取りしたこと、千葉のいすみに移住した友人に取材に行って話したこと、石巻に飛び込んだ酒飲み仲間を訪ねていって見せられたこと、飯能の山奥の峠の茶屋で女将さんに地元への思いを聞かされたこと、腐れ縁の悪友と農業と放射能について夜な夜な長電話したこと、先々月末の女川・石巻で車中で語らったこと。多分、復興支援がとか震災対策がとかいう話ほとんどしてなくて、ただただ、「どうしたらいいのか」という目の前にある話をしていた気がするけど、あれって「どうしたらいいのか」って言うか、求めていたのは「どうあるべきか」って言う個の存在論だったかも知れないですね。答えなんか出ないんですが。

だから例えば、普通に暮らす個人としては、身内の死と同じくらいのサイズ感で、ただし、しっかりと、抱えておいてあげれば良いのかも知れないなという気がしていて、少なくとも僕らの世代ではそんな大きなもの大きいままに抱えた経験がある人って少ないだろうし、少なくとも僕はなんかそういう風に3.11というものを携えていくのかなと思いました。

それとは別に、日本が抱え込んだものは大きくて、それは僕が個人としてどれだけ3.11に影響を受けたかということではなくて、ETとして活動をしていく上で、当たり前のように直面することがこれからも山ほどあるだろうし、今まで少なからず関わったことは多分ETとして不可避だったことだと思うし、僕が働きながら生きていく以上は僕が仕事を辞めるその日まで続くのだろうと思いますから、それはそれやるだけ。

実は冒頭に書いた友人と、震災の話はおろか、社会人になってからの仕事の話もほとんどしてないに等しいので、どういう経緯でこういうプロジェクトに関わるようになったかも知らないし、3.11以降どういう風に公開日まで辿り着いたかも知らなけれど、安い狭い居酒屋で、とりわさとかついばみながら、ビール片手に、さてこれからどうやって生きてくかねーみたいな話とかしてた頃のテンションで、「ちゃんと生きてるなー」と言ってあげたいな、というのがこの映画の最終的な感想です。

おつかれおつかれ。

ひとり仕事: フリーランスという働き方
(2012-10-5)
売り上げランキング: 14,705
100円