2012/9/26

【シリーズ十二因縁】識

識(しき、巴: viññāna, 梵: vijñāna) – 識別作用

識別ですか。難しいですね。

そう言えば、以前、『グラン・ヴァカンス』というSF小説について、2回ほど書きました。仮想の世界でAIが暮らしていて、そこで起こる物語なのですが、この小説、AIが「その世界を仮想世界であると認識している」状態で話が進んでいるというのが極めてユニークで。「仮想」と「現実」だけじゃなく「自覚」と「無自覚」の対比があって、その仮想世界の中に「自覚」的に理解している法則と、「無自覚」的に従っている法則、というのが存在するんですね。

そういうのってある意味、あり得るというか、「無自覚」的に従っている法則って、スピリチュアルな話じゃなくて、多分ある気がしていて、というか人間が生きていて捕捉できる法則の限界ってありそうじゃないですか。全ての理をそれが自明の理だったとしてもかまってられるほど、人間暇じゃないというか。

考えてみれば世の中、たくさんの法則がありますよね。メンデルの法則みたいなものから、マーフィーの法則(懐かしいですね)みたいなものまで。経済だって、政治だって、マーケティングだって、そこでノウハウとされてるものってある意味での法則でその是非は別に問うにしても、本屋に行けば一目瞭然ですが、もうなんかあらゆるものがノウハウ化されて法則化されている。

当然、全てが自分にとって必要なものではないし、知識を集めたところで実践できなければ意味ないし、実効性のないものはともすれば贅肉になるかも知れない。その上でですけど、有用なものをより集めた状態が最良かって言うとちょっと違うと思うんですよね。

意外と新しいことを始める時に必要なのは、「ちょっと目をつぶる」とか「素知らぬふりをする」とか言うことではないかなあと。自分の持っている全てをあまねく活用しようと思うと、それって結構頭でっかちになりがちで、むしろ、そういう一時的に「捨てる」作業みたいなのが必要になってくる気がします。

ただ、大事なのは、「ちょっと目をつぶる」にしても一度目にしておいたほうが良いし、「素知らぬふりをする」にしても一度知っておいたほうが良い。その上で、全体観の中で時々に応じて「捨てる」判断が時には必要で。

つまり意図的に無自覚を作るって、ある意味では法則に背反するのでリスクを取るってことにもなると思うんだけど、そうやって自分の識別のオンオフスイッチを切り替えるようにしておくと、なんだか便利そうだし、そういうことやって良いと思ってると、新しいこと吸収するのも今やってることの妨げにならなそうですよね。

以上、識の話。

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加藤 康祐 / 企画・設計

1980年1月12日生まれ。フリーランス歴15年。プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。学生時代にデザイン会社でWebデザインを経験。2005年よりフリーランスとしてキャリアスタート。これまでに個人から上場企業まで、100以上のクライアントとのプロジェクトを経験。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの編集・運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート等。趣味はラグビーと料理。Keep the head up, Bind tight & Stay low.

加藤康祐企画設計

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