2012/9/23

【シリーズ十二因縁】無明

無明(むみょう、巴: avijjā, 梵: avidyā) – 過去世の無始の煩悩。煩悩の根本が無明なので代表名とした。

煩悩の固まりみたいな人間のような気がするので、なんか色々ありそうだけど、過去世から受け継がれたような煩悩ってなんだろうと思った時に、子供の頃の自分がどうだったかって話を思い出すと、とにかく、かまって欲しがったって話を聞いています。弟が生まれた時とか大変だったみたい、かまってもらえなくて。

基本的に良いことして、褒められて、嬉しい、って言うのが、多分根源にある満足中枢だったんじゃないかなあ。

それから、基本的には教育を受けている期間、ずっとそうですよね。自分が頑張って、良い評価もらって、褒められて、喜びたい。まあ色々あるにせよ、ずーっとベースにある満足中枢ってそういうことだったんじゃないかなあ。

学生時代の仕事も多分基本的には仕事頑張ってボスに認められたかっただけでしょう。まあ、うちの親曰く、当時、家でボスの話をする時には、まるで恋人の話をするようだったって言ってましたけど、圧倒的と認めているものに認められるってのは、僕の満足を埋めてあまりあったんじゃなかろうか。

どこで変わったかって言うのは、多分、大学卒業して体調崩して仕事休んでた時でしょうね。空虚感とか、虚無感とか言うと、それで済んじゃうんですが、色々人の世話にはなるし、気は遣われるし、励まされるのに、こちらは何の役にも立たない、というのは本当に絶望的で。頭も働かない、体も動かない、思うように笑えない、論理の筋が通らない、何もこの手で生み出せない、作れない、ってのはもう本当どうしょうもなくて、どうしょうもない状態に延々と向き合っている状態ってのは、まあ平たく言うと大変つらかった気がします。

ここからはよく言う話なんだけど、それからETが始まって、自分のクライアントを持って、着実に変わったなあと思うのは、仕事をしていくことが、心配されることからの解脱だったように思います。心配されるのって嬉しいけど、心配されるのって辛いじゃないですか。そういう状態から、徐々に平常を、そして平静を取り戻していって、自分の家族友人知人とフラットに話ができる、そういう状態まで自分の心づもりを持って行けるまで、結構時間かかったんじゃないかなあ。

もう一つ、仕事して質が変わったと思うのは、さっきから言っている満足中枢ですよね。強烈に人の役に立たないって思いがあったから、努力するとか、頑張るとかの前に、まず人の役に立つってのが座ったなって感じがします。それボランタリー精神みたいなものとは意を異にしていて、単純に、何を以て評価されたいかとか、何を以て褒めてもらいたいか、何を以て感謝されたいか、みたいなことの質が変わったんだと思うんですよね、割と強烈に。

「仕事はすべからく問題解決である」ってのを以前鎌倉の代理人の方に言われたのは今でも強烈に覚えていて、問題解決って、受託ビジネスの根本だと思うし、この間も友人と仕事の話していた時に、だから問題解決のために何をするかって話だよね、デザインもシステムも、なんて言ってましたけど、全く以てそうで。

だから、問題解決して評価されたり、褒められたり、感謝されれば良いわけで、この文脈に、有名になりたいとか、道を極めたいとか、業界のトップランナーになりたいとか、あんまり乗っかってこないんだと思うんですよね。方法論として、そうなる必要性ってもしかしたらいずれ出てくるのかもしれないけど、今のところそういう風に感じないし、そうある必然性も感じない。

つまり煩悩って、モチベーションエンジンということで、モチベーションエンジンって仕事始めて急に必要になったことじゃなくて、おそらくハイハイから二足歩行に切り替わるタイミングにすらそういうものはあったはずで、そう考えるとそういうものが今の今まで繋がっているのかなあと思います。いずれ、そういうものすら要らなくなるタイミングってあるのかも知れないけど、そういう境地には今のところ辿り着く予定はないし、ETも僕自身も、まだまだ自走させていかないと、食えないし続かないですから、まあ、煩悩とかずーっと携えて上手に付き合っていけばいいんじゃないですかね。

以上、無明の話。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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