2012/8/29

経年変化

夏休みということで八王子の母方の実家に帰って来て、例のごとく祖父母と晩飯食いながら喋っていたのですが。「そう言えば、この家築何年だっけ?」ということを聞いたら、築60年なんだそうです。だから、母親が生まれたのもこの家だし、僕が中3で1年間八王子にお世話になっていた時のスチールの机もおじさんが学生時代に使って図面を引いていたもの。僕の中学時代の詰襟はまだここにあるし、色々なものが残っているけど、家自体も手を入れていけば60年住めるもんなんだなあと。手を入れ過ぎてあんまり原型留めてないですけどね。

そんなこともあって、家に残っている古いものを見せてもらうことに。この家の古いものと言えば、僕の記憶の中では、祖母が洋裁屋だった頃のトルソーや足踏みミシンで、それは何か子供の頃から強烈に記憶に残っていて、それは多分ある意味での作ることへの憧憬にも繋がっていったんだと思うんですが、最近は暮らしの道具に興味があるので、押入れの奥の使ってない食器とかを見せてもらいました。

以前、備前焼の仕事で先輩と話をした時に、器は使わないと良くならないという話をうかがって、特に備前みたいな土の温もりをたおやかに残す器は、酒を飲んで、飯を食べて、表面が飴色になっていって、その滋味を増してゆくのだと思うのですけど、まあ引き出物だ贈り物だで箱開けてみないと何入ってるかよくわからない、というものも結構ありました。なんせ60年分だったりするので。

そう言えば、湯呑み、我が家にはないなと思って、有田焼の5客セットの湯呑みをもらって帰ることにしました。5客とも柄が違うので楽しい。後は逆に僕の生活には背伸びが過ぎるもので、漆器の煮物椀とかあっても困るし、舶来の洋食器は我が家には華やか過ぎるし。

で、そんな感じで一段落して自分の部屋(昔、自分の部屋だった部屋)に引っ込んでいると、祖母が桐の箱を持って来てくれて。若狭塗、って僕は知らなかったんですが、祖母の嫁入り道具の一つで、若狭塗は祖母の出身の小浜の民芸で、漆器の盆に貝が埋められていて、そこに幾重にも塗が重ねられて文様として定着していて、こういう言い方をすると何だか味気ないんだけど、その柄はまるで宇宙のようで、まあだから僕もらってもどうしょうもないわけだったんだけど、形見分けすると言われたので、じゃあとりあえず死ぬまでは持っておいてください、と言うことに。

桐の箱に書かれた文字は、おそらく60年よりもっと前の人のもののはずで、そこには60年分の埃と垢が沈着していて、でもその中の盆の宇宙は、今見てもちっとも色褪せぬよう大事に和紙に包まれていて、多分漆器の表面は今も呼吸をしている。時が経って、変わるものと変わらないもの、朽ちてゆくものと綻んでゆくものがあるとして、でも、その閉じられた箱を開く時の好奇は、きっとこれから10年先、100年先にも残しておける感覚なのかも知れないなと思いました。

そういうことを人に当てはめて考えるのではなくて、ただそういうモノを作り出すことができる人間というのは、なかなか恵まれてる生き物なんじゃないかと思います。今、話している言葉が、今、書いている文章が、今、作っているものが、なんらかの形で自分の人生より長く生きるとしたら、それはとても気分の良いことで。

もし何も残らないとしたら。それでも満ち足りれるのが人間の幸せなところで。人が生きたことの痕跡は、そんなに簡単に抹消できることじゃなく、自分のこれまでもこれからも消そうとしても拭い去ろうとしても、簡単にどうにかできるものではない。

そういう面倒くささを携えて生きれる、ってのは良いことだなあと、折々ここに帰って来て、何を考えたかを回想している夏休みです。

加藤 康祐 / 企画・設計

プランナー、デザイナー。加藤康祐企画設計代表。Webデザインを入り口に、2005年よりフリーランスとしてのキャリアスタート。主な仕事としてベンチャー企業でのサービスのUXデザイン、独法との防災メディアの運営、社会的養護の子どもたちの自立を支援するNPOのサポート。ラグビーと料理、最近イラスト。

加藤康祐企画設計

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