2012/8/26

多分、人間は単焦点

レンズの話ですね。人間って多分、単焦点レンズなんじゃないかなあ、と最近思っていたりします。なんか多分、マクロ(カメラで言うところのマクロと逆だけど)に対象物を捉えようとすると、割と広角が必要で、そういう俯瞰を可能にするためにメディアがあったりすると思うのだけれども。

一方でミクロに対象物を捉えようとした時に、割と遠巻きにピント合わせてトリミングってのは大技な気がして、単焦点だったら、対象物との距離を詰めないと、なかなかきちんとピントと構図決められませんよね。

そんなことが情報との付き合いにもあるような気がしていて。

まあというか、社会との付き合い方なのかも知れない。

仮に個別の事例をメディアがピックアップしていたとしても、それって結構、焦点距離的にはマクロ的な情報だと思うんですよね。一つ一つの事例をつぶさに見ていくことは大事なんだけど、メディアは多分、ズームレンズ的な何か(マンパワーとかコストとか時間とかをそこにかけて)を持っていて、ピックアップできるわけだけど、それって個人が単焦点レンズでフォーカスしたことにならないというか。

仕事していると「一次情報が大事」って、まあどこかのタイミングで誰かに絶対言われる言葉の一つじゃないかと思うのですが、仕事に限らず、社会問題とかもそうだあと最近。

そう言えば、昨晩友人が来ていて、「テレビ観ないんですか?」「観ません」「新聞読まないんですか?」「読みません」という話になり。じゃあネットで例えば「Yahoo!ニュースのヘッドラインチェックしているか?」と問われても、そういうこともあんまりしていない。多分、「誰々が持っている何かしらの情報」というものにフォーカスしている。

これET Luv.Lab.で言っているところの「人がメディアになる時代」とはまたちょっと毛色が違うんだけれども、メディアが持っている情報にはなかなかその先踏み込めないんだけど、人が持っている情報には場合によっては踏み込んで距離を詰めれるんですよね。そういう意味でのインタラクティビティって大事で。

なんか最近本当に、自分の身の回りってのがソーシャルメディアですごく広がっていて、それは友達何人になりました、って話ではなく、友達の関心とその矛先を把握できると(だから、インタレストグラフというやつですね)、リーチできる情報って加速度的に広がるので、そういうある意味での属人性の高い情報へのリーチって大事で、それってキュレーション、情報をより分ける編集技術ってだけでもなくて、むしろその人が普段どういうことをやっているかとか、専門性は何かとか、どういう問題意識を持っているのかとか、関心を示すポイントはどこかみたいなところに拠るので、そういう意味でソースがパブリックな情報も、伝播の経路で、もう少し人格的な性格を持ち得るというか。

で、情報を受け取った時に、どういう風に距離を詰めるのか、というのは結構テクニック論だったり、ある意味での根性論だったりもすると思うんだけど、そういう方法論とチャネルは複数持っておいたほうが良くて、古い言い方をすると、そういうのって「アンテナの立て方」なのかなあと思います。

以上、思ったことをつらつらと、朝の5時。

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